今日は北風が強いです。
2017/11/09
「家路につく人たちが足早に通り過ぎてゆく夕暮れの駅。そこから歩いて、わずか数分のアパートに彼女たちはどんな思いで向かったのだろうか。都心から延びる沿線に並ぶ住宅街の一角で見つかった若い男女9人の遺体。頭部が切断され、クーラーボックスに入れられていた現場は、人びとが普通に息づく場所でした。すぐ近くには保育園や体育館、フラワー教室を開く家や公園も。神奈川県座間市で起きた連続殺人事件の発覚から10日。少しずつ様子はみえてきましたが、SNSのツイッターを使った巧妙な手口と、次々に殺しては遺体を自宅に置いていた無造作の落差におののきます。27歳の容疑者は金銭を奪い、性的暴行の目的もあったと供述しています。「自殺したい」と書き込んだ被害者たちの気持ちに寄り添うふりをして誘い出し、自宅で酒や薬を飲ませて襲ったと。悩みや助けを求める声につけ込む犯行の卑劣さと、欲望のまま命をあやめる短絡さに、やり場のない怒りがこみあげてきます。見ず知らずの人間同士をたやすくつなげるSNS。悪用する犯罪は急増し、とくに若い世代の被害が多い。危ない書き込みに対する管理者の対応やネットを通した相談体制の充実、家族や学校での啓発活動が防止策に挙げられますが、こうしたネット犯罪に追い付いていないのが現状です。だれかとつながりたいという彼女たちの孤独な心を癒し、命を救う手だてはなかったのか。さびしげに風に揺れる線路沿いのススキが問いかけてきます。」(9日付けしんぶん赤旗「潮流」より)この事件を最初に聞いた時は、「そんなに簡単に人を信用するのか?」と思いました。私が知らないうちに、SNSに対する若者の依存が気にはなっていました。さて、今日の安曇川は、北風が強く吹き、また湖西線が止まるのではないかと危惧しています。(写真は、傘松駅(天橋立スカイ展望台)から見た天橋立と、頂上に上る手段のケーブルカーとリフトと、天橋立を巡る遊覧船が満員で巡行していました)
天橋立に行って来ました。
2017/11/06
高島市育成会(手をつなぐ親の会)は、5日(日)に天橋立方面に日帰り旅行を実施し、ボランティアの一員として参加して来ました。午前7時45分に安曇川の道の駅に集合し、途中今津駅で仲間を迎え、総勢41名の参加でほぼバスは満員になりました。国道303号線で上中町に出て、さらに国道27号線で小浜市内に出ました。ここからは、舞鶴・若狭自動車道を利用して、一路宮津市内を目指しました。今回の旅行に参加した理由の一つは、身体障害のある参加者のお手伝いと、自分自身が、久しくバスの旅をしていなかった事、天橋立にも10年ほど行っていなかったからです。途中で休憩を取りながら、宮津市内に到着したのは午前11時過ぎでしたので、約3時間を要した事になります。最初の訪問地は、「関西電力宮津エネルギー研究所「魚っ知館(うおっちかん)」でした。私はこの施設を知らずにいましたが、宮津火力発電所の敷地内にあり、小さな水族館やエネルギー展示施設がありました。〒626−0052 京都府宮津市小田宿野 рO772−25−2026 休館日 毎週水・木曜日 入場料大人300円 何よりも面白かったのは、ペンギンとアザラシの曲芸?で皆さんの関心を引いていました。見学が終わると、午前12時となっていましたので、天橋立一の宮でお楽しみの昼食となりました。目の前を遊覧船が行き交い、その向こうにある天橋立が見渡せました。時々、自分がボランテイアで来ている事を忘れ、写真を撮っていると「お土産を選んで欲しい」と言われ、「それなら、「天橋立に行って来ました」にしたら」と返事をすると、大半の仲間が同じものを買っていましたので、思わず苦笑しました。昼食を済ませると、ケーブルカーで傘松駅まで登り、股のぞきを体験して来ました。ここは、かって嫁さんの両親と来て、お母さんが同じ事をしていたのが思い出されますが、もう亡くなって20年近くになります。この日は天候に恵まれ、暑きくらいの陽気になり、ソフトクリームを仲間の分も買い求め、差し上げると嬉しそうな顔をして食べていました。午後4時に、再び駐車場に戻り、帰路につきましたが、考えてみると5時間の滞在時間で、往復に6時間もかかったことになります。不思議なことに、今日一日行動を共にしていると、連帯意識と言うのか、仲間意識と言うのかずいぶんと打ち解けていました。途中、今津駅での別れは、みんながバスに残った仲間と手を振りながら名残惜しそうにしていました。午後7時前に出発地である、安曇川・道の駅に戻りましたが、参加者を施設に送り届けて、無事に自宅に戻って来ました。今朝になり、左腕が痛いのに気付き、「そう言えば、彼の右腕を支えていたのは、左腕だった」事で理由が分かりました。(写真は、魚っ知館の水槽で泳ぐ魚と、曲芸を見せてくれたアザラシと、宮津火力発電所の建物です)
もう、11月になりました。
2017/11/02
「わがまち ふるさと」(大阪府高槻市)「貴重な遺跡生かして」「高槻市は大阪府の北東部にあり、京都府との境に位置します。市面積は約100平方`ですが、市域の7割が市街化調整区域として、開発が制限されており、市内各所に田園風景が広がります。自然の山に囲まれた摂津峡には、お花見、ハイキング、川遊び、紅葉見物など、家族連れから高齢者まで、幅広い年代が訪れます。遺跡を生かしたまちづくりに力を入れています。お薦めは、継体天皇の真の陵墓とされる今城塚古墳です。古墳を原形通りに復元するのではなく木々と芝生が豊かな公園「いましろ大王の杜(もり)」として整備され、親子がピクニックを楽しむ姿がよく見られます。出土した埴輪(はにわ)や石棺などは隣接する「古代歴史館」に展示され、古墳本体と合わせてボランティアスタッフによるガイドがを受けることができます。弥生時代の安満(あま)遺跡の公園整備が進められています。同遺跡は居住・生産(田んぼ)・墓域などが発見された貴重な遺跡です。それらの各スポットや市中心部と郊外の住宅地を全国でも数少ない市営バスでつないでいます。70歳以上の高齢者には無料乗車証が発行され、外出の手助けとなっており、介護予防や市中心部の活性化などに力を発揮しています。党議員団として、最も守っていきたい施策の一つです。(宮本雄一郎市議)」この、「わがまいち ふるさと」は全国の市町村が記載されるので、大阪府内の記事が載ったのは久しぶりです。私にとって、高槻市は京都・大阪の中間点で、ただ通り過ぎるところでしたが、今回の記事で一度下車してみたいなと思いました。さて、10月もあっと言う間に終わり、11月に入りましたがカレンダーが残り1枚と言うのも淋しい気がします。マキノ町のメタセコイアの並木が台風21号の被害で打撃を受けたと書きましたが、その周辺で栽培されているリンゴの実が落下しました。見るに見かねて嫁さんが果物屋?になり、あちらこちらで販売しているそうで、家の中はリンゴだらけの状態になっています。(写真は、久しぶりに訪れた美浜原発と、冬を待つ梅の木と、小浜新港から見た北川の河口です)
高島時雨(しぐれ)が始まりました。
2017/10/30
「緑のお椀(わん)を地面に伏せたような塚。古くから知る人たちは、ここを「土饅頭(どまんじゅう)」と呼びます。広島の平和記念公園の片隅で木々に囲まれ、ひっそりとたたずむ原爆供養塔です。今も身元がわからない7万人もの遺骨が納められています。この場所に40年間も通い続け、守り人といわれた佐伯(さえき)敏子さんが今月97歳で亡くなりました。塚を清掃し、遺骨の引き取り手を探し、訪れた人びとには自身の被爆体験を伝えました。広島の墓標と佐伯さんのかかわりは、ジャーナリストの堀川惠子さんが著した『原爆供養塔』に詳しい。そのなかで佐伯さんは、あの日殺された死者の無念の叫びに耳を傾け、歩み続けなければならないとくり返しています。まるで核保有国のようだー。日本政府が国連に提出した核廃絶決議への不支持や批判が相次ぎました。人類が初めて国際法で核兵器を禁じた条約には触れない、核兵器の非人道性も弱めている。本気で核廃絶をめざす国ぐには「嘆かわしい後退」だと。ノーベル平和賞を受賞したICANの国際運営委員、川崎哲さんも日本政府の姿勢に厳しい目を向けています。「橋渡しどころか分断を拡大させている。核兵器廃絶に水を差すものだ」。国によって無謀な戦争に巻き込まれ、地獄に突き落とされた被爆者。死者への思いを抱えながら、高齢になった今も核なき世界の実現に懸命にとりくんでいます。それを唯一の戦争被爆国が裏切る。広島出身の堀川さんが代弁しています。「怒りがふつふつとわいてくる」。」(30日付けしんぶん赤旗「潮流」より)広島の平和記念館を見た小学生だって、もっと勉強しているのに、政府にはその姿勢すら感じられませんね。さて、安曇川では台風22号の影響は幸いほとんどありませんでした。ところが、今朝の早朝から北風が強くなり、湖西線がまた運休しています。これだけ運休が続くと、会社勤めの方は大変だと思うのですが、みなさんどうしているのでしょうか?例年に比べ少し早いですが、青空が見えるのに雨が降っています。「あ〜あ、今年も時雨の時期が来たのかな」と少し悲しくもあります。(写真は、敦賀・鞠山海釣り公園の景色と、トンビがエサの取り合いをしている山と、この日釣れていたアジですが少し大きくなりました)
また、台風が来るの?
2017/10/27
(わがまち ふるさと)「福島県・二本松市」(歴史と文化息ずく)「「二本松市は、高村光太郎の「智恵子抄」で有名な、高村智恵子が愛した「ほんとの空」がある、人口5万5000人余の都市です。藩政時代、奥州二本松藩10万石の城下町として栄え、二本松城(霞ヶ城)、藩士の戒めを刻んだ戒石名(かいせきめい)碑はともに国指定の史跡。戊辰(ぼしん)戦争時の二本松少年隊の悲劇も有名です。同市の伝統的祭りとして、二本松のちょうちん祭り、小浜(おばま)の紋付祭り、針道のあばれ山車(だし)、木幡(こはた)の幡祭りなどがあります。個性と趣のある祭りは貴重な歴史文化財産として今に受け継がれています。安達太良(あだたら)山麗と阿武隈(あぶくま)山地に広がる高原、温泉、スキー場など豊かな自然資源があります。それに加え、市街地周辺には史跡や寺社などの城下町の名残、智恵子記念館・智恵子の生家などが数多く存在し、歴史に基づいた祭りやイベントが継承されています。酒や和菓子、家具、和紙などの地場産業も盛んです。11月23日まで菊の祭典「二本松の菊人形」が開催中です。東日本大震災・原発事故直後に民主団体や日本共産党などで復興支援共同センターを立ち上げ、浪江町からの避難者を支援。民主的な運動も息づいています。(平敏子市議)」(26日付けしんぶん赤旗「地方・総合のページ)私は残念ながら、福島県にはまだ行ったことがありませんが、機会があれば二本松市も候補に上げておきます。さて、台風21号の被害から復旧していない場所もあるのに、週末には台風22号が接近するとニュースは伝えております。今年の10月の天候は、急に寒くなったり、雨が多かったり、台風が来たりで不安定な一月でした。この時期に、次々と台風が発生するのも、日本近海の海水温が高いと言うけれど、地球温暖化の影響が大きいのではないでしょうか?(写真は、近所にある桐の大木が台風で折れてしまいましたと、敦賀・リラポートに飾られたハローウィンの飾りと、小浜市の道の駅に置かれた「かかしの寄り合い」です)
ローソクの灯りで夕食を。
2017/10/24
「いつも笑っていた石じぞうが仁王のように。原爆が落とされた広島で、死にゆく少女を前に顔が変わっていく絵本『おこりじぞう』。悲しみと怒りを込めた絵を描いたのが四国五郎です。広島で生まれ、「満州」出征後、シベリアに抑留。48年に壊滅した故郷の土を踏みました。弟の被爆死に衝撃を受けた五郎は3年前に亡くなるまで、反核や平和をテーマにした膨大な絵や詩を残しています。いま東京・世田谷の平和資料館で四国五郎の作品展が開かれています。展示品の中には峠三吉とつくった「辻詩」と呼ばれる反戦反核ポスターも。期間中に催された女優の木内みどりさんによる『おこりじぞう』の朗読会には親子連れの姿もありました。敗戦から70年余りがすぎた現在も草の根で語り継がれる戦争や原爆の悲惨さ。今年は人類が初めて到達した核兵器禁止条約の採択や世界中で核兵器廃絶を働きかける国際連合「ICAN」のノーベル平和賞と運動に弾みがついています。20日に83歳になった皇后・美智子さんも平和賞にふれ、核兵器の非人道性に「ようやく世界の目が向けられたことには大きな意義があった」。日本の被爆者の心がたたかいの連鎖をつくる「報復」にではなく、将来の平和の希求へと向けられてきたことに世界の目が注がれることを願う、と。「おこりじぞう」をふたたび「わらいじぞう」にー。被爆者を先頭に長きにわたる努力のひろがりは、日本政府をはじめ禁止条約に背を向ける国ぐにを包囲しています。」(23日付けしんぶん赤旗「潮流」より)さて、台風21号の被害で24日午前2時頃に停電し、復旧したのは午後10時頃でした。おかげで?夕食はローソクの灯りで摂ることになりました。「こんな長時間の停電なんて何年ぶりやろ」「暖房も出来ず、電気がない生活は大変やなあ」「風呂も入れないし、シャワーも出来ないし」と話しながら早々と寝ることにしました。電気が復旧した瞬間は、本当にありがたいなと感じると同時に普段当たり前に感じていることを反省しました。ところで、台風の被害で湖西線は電柱9本が折れ、終日運転が取りやめとなり、復旧は明日以降になるとの事です。また、マキノ町では、「メタセコイア」の並木道で7本が折れ、ピックランドは営業休止となっています。近所の農家ではビニールハウスが崩壊し、冬の豪雪で直したところなのにと愚痴が出ていたそうです。(写真は、玄関に休憩中?のカマキリと、「美榛苑」で宴会の最中の参加者と、ロビーでお疲れ気味で駅までの送迎バスを待つひと時です)
奈良・宇陀温泉郷「美榛苑」。
2017/10/21
「「現場川柳」をご存じでしょうか。<おもてには 見えないところで おもてなし>。日々ものづくりの現場に携わる人たちの胸の内を句に。見ル野栄司さんの漫画が添えられて本にもなっています。額に汗して働く者の喜怒哀楽や熱気にあふれる現場。そこには日用品から宇宙技術まで、匠(たくみ)の技を生かしながら日本のものづくりを支えている自負が感じられます。<宇宙へ行く 部品へそっと 指紋つけ>。製造業の名だたるトップ企業の不祥事が相次いでいます。製品の検査データーを改ざんしていた神戸製鋼、無資格の従業員に新車の検査をさせていた日産自動車。三菱自動車や東芝も隠ぺいや不正で信用を失っています。高い品質や安心・安全、誠実な仕事で世界からも評価されてきた日本のものづくり。しかしいま、利益第一、強引な合理化やリストラのもとで根本が揺らいでいます。中小企業にしわ寄せしながら、大企業は400兆円をこえる内部留保を蓄えているのに。経済をつぶすとアベノミクスを批判する実業家のビル・トッテンさんは「企業経営において最も大切なのは道徳や価値観」といいます。企業の役割を国民の幸福につながる製品やサービス、雇用の提供に求めた創業者らの言葉を引きながら、もうけのみの追求から社会に貢献する経営が必要だと。ものづくりの始めは、人助けにあったといわれます。人びとの暮らしを支え、社会を発展させていく。その絶え間ない営みこそ彼らの矜持(きょうじ)であり、忘れてはならない原点です。」(21日付けしんぶん赤旗「潮流」より)さて、毎年恒例のお泊り飲み会が20日(金)から、奈良・宇陀温泉郷・保養センター「美榛苑(みはるえん)」で行われ4名の参加で楽しんで来ました。〒633−0204 奈良県宇陀市榛原福地255番地 рO745−82−1126 電車で なんばから、近鉄で約60分(近鉄特急で約45分)榛原駅下車。お車で 名阪国道針インターから国道369号線を経て約20分。私自身が、近鉄を利用して榛原駅に降り立ったのは初めての事です。宿舎は、築40年ほど経っていますが、あまり古さは感じられませんでした。もちろん、天然温泉で少し塩辛くかんじられました。食事は、レストランで摂りますが平日なのにかなりのお客さんで根強い人気があるようです。昔で言うと「国民宿舎」風で、とても懐かしい風情です。予算は、私たちの場合、13000円(お酒代込み)ですのでリーズナブルと言えると思います。(写真は、美榛苑の外観と、玄関に置かれたご当地キャラクターと、近鉄榛原駅のホームの様子です)
阪神タイガースてダメですね。
2017/10/18
「♪秋の光にきらめきながら/指のすきまを逃げてくさざ波。ユーミンがまだ荒井由実だった頃に「さざ波」という曲がありました。ボートの上で愛に傷ついた心を歌にしています。水面を揺らす小さな波。もし、それが宇宙空間で起きていたら・・・。重い天体が動いたときに生じる時空のゆがみ。それがさざ波のように広がり、光速で進んでいく。はるか宇宙のかなたから届く重力波の観測は100年前に予言したアインシュタインからの宿題でした。存在を導き出しながらアインシュタイン自身、「小さすぎて見つけられないだろう」と記した時空のさざ波。原子1個分より小さい重力波を人類が見つけ出したのは一昨年から。昨年2月には初観測を発表し、今年のノーベル物理学賞は、それに貢献したアメリカの研究者に贈られました。今回、地球から1・3億光年離れた二つの星が合体した様子を観測することに成功。重力波を手がかりに、発生源からの光をとらえたのは初めてです。目には見えないブラックホール同士の衝突や合体をはじめ、時空そのものを大きくゆがめるダイナミックスな宇宙の激動。そこから生じる重力波を観測することで、宇宙の起源や膨張の謎にも迫れると。深遠な宇宙の姿を映し出す、小さなさざ波。ノーベル賞物理学者の朝永振一郎はこんな言葉を残しています。”不思議に思うこと、これが科学の芽。観察してたしかめ考えること、これが科学の茎。そうして最後に謎が解ける、これが科学の花”。」(18日付けしんぶん赤旗「潮流」より)今回のコラムは、私には難し過ぎてうまく理解できませんでした。ただ、先日テレビで「シオマネキ」という小さなカニの話をしていました。片方だけ爪が大きいのは知っていましたが、それが右であったり、左であったりと決まっていませんでした。普通は、進歩の過程で統一されるはずですが、何か理由があるのでしょうか?さて、昨夜の阪神ー横浜戦で、手も足も出ない内容で阪神が敗れ去りました。「まだまだやなあ!」と思うと同時に、今年のシーズンが終わった淋しさもあります。(写真は、敦賀フェリーターミナルの景色と、「越前道の駅」の建物と、カニが蒸される湯気が上がる売店です)
阪神タイガースが先勝しました。
2017/10/15
陸王 TBS系 午後9時〜「大手に挑む老舗足袋屋の奮闘」「かつて日本人なら誰でもが履いていた足袋だが、今では街で見かけることもなくなった。そんな時代に老舗の足袋メーカーが、会社の生き残りをかけて悪銭苦闘する物語ー。宮沢紘一(役所広司)は埼玉県行田(ぎょうだ)市で百年続く足袋屋の4代目社長。地元銀行の融資係・坂本(風間俊介)や、従業員のまとめ役・あけみ(阿川佐和子)らの後押しで、駅伝やマラソンなど長距離用の足袋型ランニングシューズ開発に乗り出した。失敗を繰り返しながら大手メーカーの横文字ブランドに挑む。商品名は「陸王」!原作は当代隋一のストーリーテラー池井戸潤。脚本・八津弘幸、演出・福澤克維と4年前「半沢直樹」を大ヒットさせたチームだ。初回の今夜は2時間の拡大版。マラソンレースの大がかりなロケでは箱根駅伝3連覇の青学大・原監督が出演者の走りを指導。そして勝負のカギが靴底(ソール)にあることが分かってくる。残業して試作品づくりに励む従業員、融資と引き換えにリストラを迫る銀行幹部との闘いなど胸の熱くなるシーンをたたみかけ、テレビドラマの面白さを存分に堪能させてくれる。(諌山 修 ジャーナリスト)」(15日付けしんぶん赤旗「試写室」より)私だけかもしれませんが、最近のテレビ番組に、ヘキヘキしていたので一度試しに見てみたいと思います。さて、昨日の阪神ー横浜戦で、2−0で阪神が先勝しました。今日勝てば、第2ステージに進出出来ますが、後1試合が雨で試合が流れれば、勝ちがなくても出られるそうです。この後の、対戦相手の広島とは力の差があるので頑張ってほしいと思います。(写真は、釣れていると噂が広がったのか平日にもかかわらず満員の「鞠山・海釣り公園」ですが、10aのコアジがポツポツ釣れていました)
「ラポーゼかわだ」に行きました。
2017/10/12
北海道・積丹半島のサケ「今年のサケ釣りは8月28日に枝幸港(北海道枝幸町)に遠征し、サケ2尾を釣り好調なスタートを切りました。ところが9月は16日までに7回のサケ釣行でも釣果はありません。昨年は大漁だったオホーツク海側を初め、北海道全体でサケが釣れない異常事態です。」「翌日はダメ」「9月20日、積丹町の美国川河口導流堤に午前10時に行きました。釣れたとのことで、導流堤から波除(なみよけ)ブロックにかけて10人がウキフカセ釣りでやっています。早速私もサオを出します。部外者なので割り込んでサケの群れにウキを流すことはできません。河口の流れ出しの1人が11時半に移動。そこへ私が入りました。すぐ近くでサケが釣れました。私も同じ流れ筋にウキを流すとヒット。9月に入って8回目でサケの釣果に喜びが込み上げてきました。この日は12人で4尾が2人、3尾が1人、2尾が1人、1尾が2人でした。美国河口導流堤は、いきなり大漁モードになりました。翌日も午前9時に美国川導流堤にいきました。地元の人が釣りをやめて帰ってきます。「朝方2尾釣れたが、それからはダメ」とのこと。昨日釣れたのがうそのように」、誰もいなくなってしまいました。サオは出さず、積丹半島を見て回ることにします。」「遡上し姿消す」「10時に余別川河口海岸に着くと、高齢者2人が橋の上から川を見ています。私も見ると、橋下に30〜50尾のサケが群れています。早速、サオを出しましたがサケは遡上(そじょう)4してしまい、姿がありません。神恵内(かみえない)村に移動。午後0時半、古宇川河口海岸で小樽からの釣り人が「台風のシケ後なので、サケが釣れると来てみた。30分前に1尾釣れた」とのこと。考えることは皆同じです。大雨の後で河口左側への流れ出しが強い。ウキルアーを流心に乗せるようにします。これが良かったのか、岸から30bの距離をウキルアーが左横に泳ぎます。そのあたりに磯波が落ちています。偏光メガネ越しにサケの群れが確認できた1時10分、アタリ。65aのメスでした。午後1時半に71aのメスが釣れました。3時に波が高くなったので終了にしました。今後の様子は分かりませんが、釣り人は6人で3尾の釣果でした。 赤旗APC 北海魚新」(12日付けしんぶん赤旗「レジャー・クイズ」欄より)さすが北海道の釣りだよりで、対象魚が「サケ」とはワイルドな話ですね。私も、一度は体験してみたいと思いますが、どのような手応えがあるのか想像すらつきません。なお、投稿された方の名前はペンネーム?で、本名ではありません。さて、昨日11日(水)はお休みを頂き、福井県・鯖江市内にある「ラポーゼかわだ」に行って来ました。〒916−1235 福井県鯖江市上河内町19−37−2 рO778−65−0012 かわだ温泉「ラポーゼかわだ」およそ6カ月ぶりに来たのですが、入浴客も少なくゆっくりと楽しめました。ここの温泉は、「美人の湯・長寿の湯」と呼ばれ、温泉成分が濃いのが肌で感じられます。(写真は、ラポーゼかわだの玄関付近と、周辺の景色と、さすがにメガネのご当地で幟にも印刷されていました)
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