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11月もあと1日で終わりですね。
2020/11/29

「背表紙」「『古代の食生活』・・・”飲ませ食わせの政治”のルーツ?」「中世・室町時代の社会では酒屋が金融業を兼ねることが多く、しばしば一揆の襲撃目標にもなりました。歴史の教科書にも書かれていることですが、なぜ酒屋が金融業と結びつくのかまでの記述は、教科書にはありませんでした。遺構から出土する木簡などから古代の食生活の実態に迫る吉野秋二著『古代の食生活』(吉川弘文館・1700円)は、その起源が古代社会にまでさかのぼるらしいことが浮き彫りにしています。古代の律令社会では、個々人が従事する職種や役の種類によって、役所などが支給する米、飯などの種類と量が細かく決められていました。酒も、一種の特別給として支給されていたらしい。余ったものを外で販売することも認められており、小食や下戸の人も困らなっかったようです。その延長で、農繁期などに富農が飯や酒をふるまって人手を集め、働かせることも盛んでした。酒をふるまう余裕のない貧農などの労働力不足が社会問題化し、朝廷もたびたび禁止令を発しますが、直らなかったようです。こうして酒の供給元に人手も富も集まるならば、酒屋が金融業化するのもうなずけます。酒食で人を動かす古代・中世の手法が、今日の料亭政治や「桜」とどこか似ているのが、現代に生きる者には気になるところです。(清)」もともと、狩猟中心の「縄文時代」に比べ、稲作中心の「弥生時代」になり、豊作・不作で貧富の差が起きたと言われています。狩猟中心の社会では、獲物を公平に分けたため皆平等だった事になります。さて、11月も後1日となり、気持ちだけが慌ただしくなりました。大阪市内でコロナウイルスの感染が拡大していて心配です。ここ安曇川では、「大阪に行くならもう来ない!」「今行ったらあかんで!」とか言われます。「ちょっと待って!700万の人口がある大阪では、ほとんどが普通に暮らしているよ」と答えますがうなずいてもらえません。(写真は、今津総合運動公園の活気がある景色です)

今日は「高島時雨」の空模様です。
2020/11/26

「わがまち ふるさと」「京都府・八幡市」「八幡(やわた)市は京都府南部にあり、大阪府に接しています。町の歴史は古く、日本三大八幡宮の一つ、石清水八幡宮は貞観2(860)年に創建。以来、平安京を守る神社として重視され、門前町として発展しました。2012年に国宝に指定されました。市内には、もみじ寺として知られる善法律寺、飛行神社、松花堂庭園など名所・旧跡も多くあります。木津川、宇治川、桂川が淀川となる合流地点に位置し、背割堤(せわりてい)は延長約1・4`に220本のソメイヨシノが植えられ、毎年春には、桜の名所として花見客でにぎわいます。八幡市は1982年、京都府下で最初に非核平和都市を宣言。毎年8月6日には、市内四つの中学生が、市民から託された「平和の折鶴」を携え「平和大使」として広島平和記念式典に参加しています。そんな非核宣言自治体ですが、残念ながら現市長は、国内では99・5%の自治体が加盟する「平和首長会議」への加盟を拒み続け、京都府下唯一の不参加首長となりました。八幡市の非核平和都市宣言がうたう「非核三原則の完全実施」「核兵器の廃絶と軍備縮小を強く世界の人々に訴える」の精神を生かしてほしい。(中村正公市議)」(26日付けしんぶん赤旗「地方・総合のページ」より)大阪にいたころは、小さいころ(小学校入学前後)には、初詣に出かけた記憶があります。その頃聞いた母の話では「木炭を燃料にしたバスで田辺市に出た」「馬力が無いので、乗客もバスを降りて押した」と話していました。今聞くと、笑い話のようなことですが、本当にあったのでしょうね。さて、日本シリーズは、ソフトバンクの4連勝(巨人の4連敗)で終わってしまいましたが、実力の差が歴然としていて勝負になりませんでした。巨人ファンのお客の一人が、「原監督は首やで!」と厳し答えが返って来ました。(写真は、自宅から眺めた北の空ですが、時雨ているのがわかります)

グランドゴルフは難しいですね。
2020/11/23

「私は在日韓国人として最下層で育ち、日本にも韓国にもどちらにも属せないという立場にあります。ですから一貫して、居場所のない人のために書いていきたいと思っています」。2014年の春、小説『JR上野駅公園口』を出版した柳美里(ゆうみり)さんにインタビューした時、こう切り出されたことを覚えています。痛いみのこもった言葉でした。出稼ぎを繰り返した末にホームレスになった福島出身の男を主人公に、敗戦から原発事故に至る日本社会のゆがみと差別構造を描き切った渾身(こんしん)の作。19日、アメリカで最も権威のある文学賞の一つ、全米図書賞(翻訳文学部門)を受賞しました。柳さんが本紙文化面に連載エッセー「南相馬 柳美里が出合う」を始めたのは、鎌倉から福島県南相馬市に移住した直後の2015年6月でした。喪失の苦しみのただ中でも、為(な)すべきことを為して生きる被災地の人たちの姿を3年間にわたって伝えてくれました。そんな人たちと共にある暮らしのなかで柳さんは「矛盾をはらむ日々を一つ一つの問題に対処しながら、丹念に生きる貴さを学んだ」と語っていました。作家生活30周年の2016年、出版した小説『ねこのおうち』が南相馬の書店でベストセラーになり、立て看板に「南相馬在住作家の最新作」と書かれた時には、その新しい肩書が誇らしい、と。そして、この地に人々の交流と創造の場を取り戻すため、本屋と劇場をつくりました。確かな居場所を築いた柳さんの希望の物語はここから始まるのでしょう。」(23日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私はまだ柳さんの本を読んでいないので、図書館に行って借り(お金がないから)てこようと思います。さて、昨日は「高島市手をつなぐ育成会」主催のグランドゴルフ大会が今津総合運動公園で行われました。ここに来るのは、実に25年ぶりで、うる覚えの感覚でした。障害のある仲間と、保護者でグランドゴルフをしましたが、総じて障害者の方が上手で、保護者の方が下手でした。楽しみのお弁当を食べ、食後の「語る会」で問題点を話し合い充実した一日でした。それでも、今朝起きると足腰が痛み、昨日の過激な?(そんなわけがない)影響だと知らされました。(写真は、今津総合運動公園の景色ですが、想像以上に広く1周は2`bはあります)

過疎化が進む旧朽木村。
2020/11/19

「わがまち ふるさと」「三重県・大紀町」「大紀(たいき)町は三重県中南部に位置し、国道42号沿いの旧大宮町、紀勢町、大内山村が合併して誕生した山、川、海に恵まれた自然豊かな町です。町内を流れる大内山川には天然鮎も遡上(そじょう)し、シーズンには全国から友釣りの愛好者が訪れます。山間部では、生牛として出荷時には有名ブランド「松阪牛」となる「七保牛」を肥育し、大内山酪農で生産される「大内山牛乳」や乳製品は関西・中京圏にも販路を広げています。阿曽・柏崎地区の原木シイタケの栽培、海岸部の錦地区でのアジ、サバ、ブリの沿岸漁業やマダイの養殖など、農林漁業、畜産業が産業の中心となっています。近年は従事者の高齢化や後継者不足などを抱え、今年はコロナ禍で出荷が大きく減退。町当局としてもエサ代補填(ほてん)などの援助策を講じています。大紀町生まれの大瀬東作氏は、大正7(1918)年34歳で当時の七保村長となり、義務教育費の国庫負担実現のため、三重県町村会、全国町村会の創立に尽力し、ついに大正12(1923)年に宿願を実現させました。義務教育の完全無料化はいまだに実現されていませんが、地方自治が狭められている今こそ、力を尽くすことが求められています。(大東政司大紀町町議)」(19日付けしんぶん赤旗「地方・総合のページ」より)大紀町と言えば、今から10年ほど前に、紀伊半島1周のドライブに出かけた時に「道の駅」で休憩したことがあります。小さな町なのに活気があって印象深く残っています。さて、昨日の午後は、旧朽木村・麻生(あそう)区までお客さんを訪問しました。朽木・市場から20分、安曇川から40分もかかります。残念ながら訪れる度に、戸数が減りたった8名しかおられません。見渡せば、紅葉が美しく、川のせせらぎが聞こえて来て、思わず「住んでみたいな!」と言いましたら、「雪が毎年1bは積もるよ」との言葉に絶句しました。参考までに、朽木村の人口は2600人から1600人まで減少しました。(写真は、足立美術館の追加の写真です)

高島時雨の日が多くなりました。
2020/11/16

「「全面戦争になってしまう」。自衛隊の元幹部はそう語ります。「ミサイル阻止」を口実に政権内で保有に向け検討が進む敵基地攻撃能力についてです。ミサイル発射拠点を叩(たた)くというが、移動式発射機の発見は困難だ。発射前に阻止するなら攻撃対象は軍中枢になる。そこにはレーダーや対空兵器も備えられている。叩くのであれば全面戦争の覚悟が必要だと。自民党国防議連の提言は、攻撃対象に移動式発射機だけでなく、「固定施設・機能も検討すべき」と主張。巡行ミサイルの活用も求めています。菅政権のもとで危険な動きが進んでいます。「米国の対中軍事戦略を理解する重要な手がかり」。海上自衛隊幹部学校の研究誌『海幹校戦略研究』(7月号)は、そいって米シンクタンク発表の「海洋圧力戦略」(昨年5月)を紹介しています。同紙によると同戦略は「中国本土への攻撃が考慮されているかが特徴」。戦略を読むと、日本は「中国に近い最前線の国」であり、戦略が構想する戦力の一部として「自衛隊が米軍とともに作戦する」ことに期待を示しています。米中戦争で敵基地攻撃でも米国を支える。そんなシナリオが透けて見えます。検討を進める理由に政府は「安全保障環境の厳しさ」を強調します。しかし本気で北東アジアに平和をつくりだすつもりがあるのか。3日の国連総会第1委員会では核兵器禁止条約への署名・批准を呼び掛けた決議が118カ国の賛成で採択されました。日本は反対。向かうべき方向が逆です。」(16日付けしんぶん赤旗「潮流」より)昨夜見た「NHKスペシャル・アジアの海でいま何が」が放送されてしました。中国の領土拡大政策ににより、ベトナムやフィリピンの漁船が襲われる事態が相次いています。日本でも、尖閣諸島で漁師が中国の警備艦「海警」に追われる事態も発生しています。日本の海上保安庁の巡視艇が間に入り、事態が悪化せずにいますが、この中国の横暴な態度に腹が立ちました。さて、今日の安曇川は快晴ですが、ここ1週間は「高島時雨」の日が続き、空が晴れているのににわか雨が降りました。この気候が続くと冬の足音が聞こえて来るような気がします。(写真は、旧安曇川町庁舎ですが、解体される運命になり撮影しておきました)

秋が深まって来ましたね。
2020/11/13

「読者の投稿」「私の散歩道」「越して来た当時は、田んぼや畑が広がっていて小川も流れていた。だが今はもう無い。家やマンションがびっしり建ち並び、車がビュンビュン走り抜けて行く。小川は埋められ緑道に変わった。右に行くと多摩川の土手に出る。左へ行くと古いお寺や神社に出る。その頃に植えた桜の若木は40年を経て大木になり、春は花、夏は緑陰、秋は紅葉と緑道を彩り、楽しませてくれる。子どもが虫を追って走り回った緑道。夫が病とたたかいながら歩いた緑道を今、私はつえを頼りにゆっくりゆっくりと歩く。”マラソン人”がタッタッと大きな足音を残して走り抜けて行く。犬を連れた人と行き交う。古いお寺の山門の前に出る。立て札に仏の言葉が書いてある。今日の言葉は「執着を手放す。自分を許して気持ちを軽くしてください」と。うっそうとした松林の奥に本殿が見える。今年はコロナ禍と猛暑で、あまり散歩に出なかった.ようやく散歩に良い季節になった。マスクをして桜もみじが散り始めた緑道を、落ち葉を踏みしめ秋を感じながら散歩する。」(東京都世田谷区 矢野 泰代 85歳)(13日付けしんぶん赤旗「くらし・家庭」欄より)たまたま目に止まった文章ですが、自然体で書かれていて感動しました。さて、一旦治まりかけたコロナ禍ですが、再び感染が広がり春先より多くなっています。長女が入所する施設も、感染を恐れ帰省が出来ずに4ヶ月目になりました。聞くところによると、正月の帰省も見合わせるそうです。嫁さんが面会に行くと、幸い元気そうでしたが、帰り支度を始めると、自分も帰れると思ったそうで悲しそうだったと聞きました。そんな家族もいることを是非みなさんに知って欲しいものです。(写真は、奥津温泉郷の紅葉と、やっとラーメンにありつけた道の駅です)

足立美術館に行きました。
2020/11/10

早朝の午前5時に目が覚め、朝風呂に入るために1階にある浴場に行きましたが、誰もいなくて独り占めになりました。まだ、夜が明けきらず、滋賀県より遅いような気がしました。朝食は午前7時からなので、1時間ほど部屋でくつろぎました。今日は、島根県安来市にある「足立美術館」に立ち寄る予定だったので、宿を午前8時に出発しました。家に持ち帰る「土産」として、「とろろこんぶ」と「子持ちほたて」を急いで買い求めました。三朝温泉から倉吉市に出て、「山陰道」を走りましたが、以前来た時より(確か境港市のゲゲゲの鬼太郎を見に来た時)より、道路が整備され1時間30分ほどで安来市に到着しました。「安来市と言えば、浅野時計店に来たわ」「私も2〜3度来たけど、だだ広い店やったね」「今も流行っているのかな?」との会話になりました。足立美術館は安来市の町はずれにありますが、平日にもかかわらず駐車場は、観光バスやマイカーで一杯でした。入館料は2700円と高めですが、GoToの金券が使えるので実質はタダと同じです。横山大観の絵画をはじめ、魯山人の陶器などが展示されていました。館内は広く、たっぷりと1時間はかかりました。何よりも庭園がすばらしく、ちょうど紅葉の時期とも重なり、見とれてしまいました。さて、時間は午前11時30分になっていたので、早い目の昼食をと考えましたが「レストラン」らしきものが周辺になくあきらめました。ここから帰路につくため「米子道」を走りましたが、車窓に「大山」が見え隠れしていて、迫力がありました。蒜山のサービスエリアで、「天ぷらとそば」のセットを頼み、一息入れました。ここから、ノンストップで中国道から阪神高速を通り、午後4時にJR大阪駅に到着し解散しました。「それぞれが、明日から普通の生活やね」「毎日が、針のむしろやね」など冗談を言いながら別れました。(写真は、足立美術館の庭園と、蒜山サービスエリアから見た大山の姿です)

鳥取県・三朝温泉に行って来ました。
2020/11/07

会社の元同僚3人で、この時期、恒例の1拍旅行を鳥取県・三朝温泉を目的地に行って来ました。一人は、北海道・帯広市から、もう一人は奈良県・平群町からで、マイカーを出してもらい、新大阪駅に午前10時に集合・出発しました。私にとっては、昨年の河内長野市に泊まって以来の1年ぶりの旅行です。日頃の退屈な毎日に比べ、どこかウキウキしたものがあります。阪神高速から中国自動車道を走りましたが、平日にもかかわらず、渋滞が激しくゴールデンウィークのような状況でした。一路、岡山県津山市を目指しましたが、車から見える山々は、まだ紅葉には早く緑が勝っていました。津山市から一般道に入り、湯郷温泉を通り奥津温泉にまで辿り着きました。すでに時間は午後1時近くになっていて、なんとか昼食を摂りたいと思い、通りがかりの道の駅や飲食店の幟を見かけたら立ち寄るのですが、駐車場が満杯か、お店の中が満員かのどちらかです。何とかセルフサービスのラーメン店で「味噌ラーメン」650円にありつけました。「それにしても、GoToトラベルの影響はすごいね」「安曇川にいたらこんなこんな混雑は想像できないわ」と話していました。ここから、人形峠を通り、鳥取県・倉吉市に入りましたが、チェックインの午後3時まで時間があるので、今夜の宴会用の「焼酎」と「おつま」を地元のスーパーで買い求めました。今夜の宿は「後楽」というホテルで、三朝温泉の中心部にありますが客数を減らしているので、混雑と言う状況ではありません。夕食まで時間があるので、街を散策しようと言う事になり、三朝川に出て川沿いに2`ほど歩きました。色々なホテルや旅館が客の来館を待ち構えていて、久しぶりに活気が戻っている様でした。ゲーム場では「スマートボール」や「パチンコ」や「射的」などを楽しむお客の姿もあり、懐かしい温泉場の雰囲気もありました。少し歩き疲れたので宿に戻り、温泉に行く事にしました。夕食は午後7時からだったので、部屋に戻り一息入れる事にしました。昔の仕事柄か、倉吉市と言えば、「「メガネの中井脩さん」に何度か来たわ」「私もたしか1〜2度来たことがあるわ」との会話になりました。夕食は、「蟹ざんまいコース」となっていましたが、今日がズワイガニの解禁日ですのでこの蟹は冷凍?物と勘繰りましたが、さすがに聞く勇気はありませんでした。夕食を済ますと部屋に戻り、お互いの家族の状況や、元同僚の消息など知らない事が一杯ありました。平均年齢が70歳にになったメンバーですので、飲む酒の漁も減り、午後11時には就寝することになり、三朝の夜は更けて行きました。(写真は、三朝川の欄干に建つ句碑と、三朝温泉で一番有名な旅館の玄関です)

都構想が否決されましたね。
2020/11/03

「大阪の地をたどると都市としての性格が貫かれているといいます。古代・難波宮(なにわのみや)をはじめ、中世の寺内(じない)町や城下町、天下の台所と呼ばれた近世、そして国際的な大都市に発展した現代と。めっちゃうれしいー。古くから商業や流通の要となってきた伝統都市の存続が決まりました。ふたたび打ち破った「維新」の廃止論。5年前につづく否決は、彼らがもちだした二重行政の解消や住民サービスの充実が、いかにまやかしだったかを改めて示しました。市民の間には喜びとともに複雑な胸中もあります。この住民投票自体が、自分たちがよって立つ地盤をより良くしたいという願いに対立と分断をもちこんだからです。大阪市の権限や財源を手に入れるために掲げた「都」構想。それは住民を二重に裏切る偽りの看板でした。それを旗印に10年も叫びつづけ、巨額の税金を投入し、府・市政と住民を混迷させてきた「維新」の責任は大きい。”一丁目一番地”としてきた政策を失ったいま、その存在意義も問われます。自党の議席のために態度を翻し、大阪市を売った公明党の罪も重い。東京一極集中が進むなか、大阪をふくめ各地の都市は疲弊しています。地域社会が横並びしていくことで特性を失い、喪失感を抱く人も。しかもコロナ禍で社会は縮み、人びとはくらしに不安や悩みを抱え込んでいます。積み上げてきた歴史や伝統に住民が愛着や誇りをもち、あすへの希望にどうつなげるか。それをつくりあげていくには、対立ではなく共同の力です。」(3日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私も直接は関係ないですが、元市民としてなくなるのは淋しく感じていました。市内に住む友人二人(意外と市内の住民はいないです)に「反対」の依頼のハガキを出しました。深夜まで開票結果を見て、ようやく「否決」の結果が出た時は、おもわず「バンザイ」を叫んでいました。(写真は、自宅から眺めた晩秋の近所の景色です)

今日で10月も終わりですね。
2020/10/31

「たたかう本屋です。地域とのつながりを絶やさないため、理不尽な出版流通の仕組みにあらがうため、まちの文化を守るために。大阪市中央区・谷町6丁目の駅近くにある隆祥館(りゅうしょうかん)書店。店主はシンクロ水泳の日本代表選手だった二村知子(ふたうらともこ)さん。小さな店内には日本や世界の今を映し出す骨太の作品が並びます。しかも売り上げた数がすごい。500冊を売って全国1位を記録した本も。新刊を読み込み、来店する一人ひとりの顔や好みを覚え、その人に合った作品をすすめる。読書は心の森林浴をモットーに、つくってきた信頼関係があります。もう一つの信念は差別を扇動するような本は置かないこと。そこには大手書店ばかり優先配本しながら、ヘイト本を押してけてくる取次店への怒りも込められています。先代の父、喜明(よしあき)さんは「本は毒にも薬にもなる。右から左へ流すものではない」と。創業70年余の苦悩の歩みはジャーナリストの木村元彦(ゆきひこ)さんが『13坪の本屋の奇跡』にまとめています。作家と読者の集いも頻繁に開いてきました。先月は「都」構想の問題点を考えるトークイベントを。大阪の伝統を受け継いでいくためにも「都構想には反対です」と知子さんはきっぱり。読書週間が始まりました。。コロナ禍で読書量は増えているにもかかわらず、各地のまちの本屋は次々と姿を消しています。この20年でほぼ半減したとの調べもあります。隆祥館書店のたたかいは続きます。きょうも思いを込めて。「手にとる本を未来につなげていきたい」(31日付けしんぶん赤旗「潮流」より)ここ滋賀県・大津市にも「あゆみ書店」があり、滋賀民報にも広告が掲載されています。また、当店のお向かいが「玉垣芳文堂」(たまがきほうぶんどう)と言う本屋ですが、頑張っておられます。今から30年前は、ひっきりなしにお客が来られましたが、コンビニの進出や大手書店「ツタヤ」が出来て苦戦を強いられています。さて、10月も今日で終わりになりましたが、コロナ禍で過ぎ去った気がします。今年のカレンダーも後2枚になり、いよいよ暮れも迫って来た気がします。(写真は、安曇川町・中野地区にある「秋葉の水」ですが、半年ぶりに訪れました)

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