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昨日は私の誕生日でした。
2022/08/31

「16代600年も続いてきた旧家でした。江戸時代までは武家でしたが、藩の没落で農家に。庭のツゲやマツは先祖代々うけつがれてきたもの。「帰れるもんなら帰りたい」。その屋敷で人生の大半をすごしてきた女性は涙をこぼしました。原発の事故によって埼玉県に町ごと避難した福島・双葉町。故郷を追われた苦難の姿はドキュメンタリー映画「フタバから遠く離れて」にも描かれました。築いてきた生業(なりわい)、地域や人とのつながり。すべてを奪われてからの歳月の重さがひしひしと。およそ11年半ぶりに、避難指示が解除されました。ただしJR双葉駅周辺のごく一部。いまだに町の大部分は帰宅困難地域として残ります。以前、真新しい駅舎の周りを歩いたことがありますが、荒れ果てた家や商店との対比にやるせなさが募りました。自宅にもどったばかりの住民は「復興には、まだまだ遠い」と話します。実際、帰還を希望する町民は1割ほどにとどまり、生活環境や放射能への不安から帰らないことを決断した人も。長期化する避難生活、収束のめどさえたたない事故。原発が立地する町は、それが人間の営みと相いれないことを切々と訴えています。いまも福島全体で3万人以上が避難するなか、岸田首相は原発7基の再稼働追加と、運転延長や新設まで検討するよう指示しました。まるで、事故などなかったかのような無責任の極み。汚染水の海洋放出にも前のめりです。人生の最後はふるさとですごしたいーその言葉をなんと聞く。」(31日付しんぶん赤旗「潮流」より)人生の中で、10年以上もブランクがあれば、生活の拠点も変わってしまい元に戻るのは老人ばかりになりそうですね。さて、昨日8月30日は私の70歳の誕生日でした。とりあえず、希望していたお寿司と唐揚げとケーキでお祝いしてもらいました。いよいよ人生も終盤に向かい、「あと何年生きられるだろうか?」と思いました。「写真は、昭和の駅舎と、なつかしいディーゼル特急と、電気機関車です」

暑さもやわらぎました。
2022/08/28

「連載の1回目でとりあげたのは、長野・松本市の食堂「ピカドン」でした。広島で被爆した前座良明さんが開き、店先に飾られていた折り鶴。それがヒントになりました。日本原水爆被害者団体協議会が月1回発行する「被団協」新聞。そこに、40年以上500回にわたって描かれた4コマ漫画があります。最後の被爆漫画家といわれる西山進さんの「おり鶴さん」です。西山さんは17歳の夏、養成工として働いていた三菱長崎造船所で被爆。無数の死体とうめき声の中を救助に回りました。そのときの生き地獄が、戦争と原爆の惨禍を二度とこの地球上にもたらしてはならないとの誓いにつながったと。25歳で漫画家をめざして上京、新聞の連載を始めたのは1979年から。以来、被爆者や戦争体験者の心からのねがいを怒りや悲しみ、笑いや温かさを交え、わかりやすく伝えてきました。庶民の営みや運動、権力への風刺をおりこみながら。今月「おり鶴さん」が単行本となって出版されました。いまは94歳で療養中の本人も「ひとりでも多くの人に原爆の恐ろしさを知ってほしい。この本を手にとってもらえたら」と喜びます。世相を映しながら平和への強い思い、それに背を向ける政治への憤り、そして未来への希望を折り鶴に乗せてきた西山さん。そこには核廃絶を求める世界中の市民と同じ思いが流れています。悪魔の兵器にしがみつく一部の大国を包み込む圧倒的多数の声。それこそが西山さんが描いてきた草の根の力です。」(28日付しんぶん赤旗「潮流」より)西山さんの根気強い運動のおかげで、弟2の広島や長崎が起きていないことも事実ですね。さて、朝夕がめっきり涼しくなり、セミの鳴き声も遠のき、コオロギが静かに鳴いています。こうなると、あの夏のうだるような暑さが懐かしくもあります。「写真は、動体保存されている梅小路機関庫の景色です」

クツワムシが鳴いています。
2022/08/25

「わがまち ふるさと」「和歌山県・すさみ町」「紀南地方の海岸沿いには地質学的な見所といわれるジオサイトが多くあり、和歌山県すさみ町も紀南の9市町村と奈良県十津川村の一部で構成された「南紀熊野ジオパーク」のエリアに入っています。その一つに、世界的にも名の知れた褶曲(しゅうきょく=深い海にたまった砂や泥が陸地に押し付けられ折りたまった岩石)があります。自然環境に配慮した褶曲への歩道の整備が行われています。現在、紀南のジオパークが世界ジオパークに推薦されるかどうか調査の段階です。推薦されれば2025年3月に認定の可否が決まります。2015年に紀勢自動車道が開通し、すさみ南IC降り口にある「道の駅」は海岸の高台にあり、隣接した「エビとカニの水族館」ではめずらしい甲殻類に出会えます。防災の道の駅としても選定されており、まちでは防災に力を入れています。また、和歌山県内2番目に高齢化率が高いすさみ町は、子育て応援の施策を進めながら、空き家対策や定住支援にも取り組んでいます。小さな町ながら、国保すさみ病院の建て替えも決まり、来年秋に移転するはこびとなっています。(竹本直美町議)」(25日付しんぶん赤旗「地方・総合のページより)すさみ町は以前「周参見」町と書いた記憶があります。まだ、私が20代の頃、高校生時代の友人と1泊した思い出があります。宿舎の目の前の海で、釣りをしましたが、大きなグレやタイが簡単に取れました。海の美しさは抜群でしたが、お昼に食べた「サンマ寿司」は忘れられません。あの頃は紀勢線で行ったのですが、白浜駅より先に行ったことがなかったので、随分と遠く感じました。あれから45年が経ちましたが、今も変わらない海でしょうか?さて、夜に近所を散歩すると、クツワムシの騒がしい鳴き声が聞こえて来ます。朝夕がめっきり秋らしくなり、虫もそれを感知しているのでしょう。「写真は、色々な信号機の展示と、シユミレーションで運転体験する孫と、広い模型の列車が走るコーナーです」

5年ぶりの京都交通科学館。
2022/08/22

「再審請求の男性「無罪の獲得を」」「愛知県豊川市で2002年7月、1歳男児を車から連れ去り殺害したとして、殺人などの罪で懲役17年の有罪判決が確定し、刑期を終えて出所した田辺(旧姓河瀬)雅樹さん(55)=再審請求中=が20日、大分市内で記者会見し、「全く事件に関わっていない。再審無罪を獲得したい」と改めて訴えました。17年の刑期を「非常に長かった。いつ無罪になるかということばかり考えていた」と振り返り、「一日も早く社会に慣れ、通常の生活をしたい」と語りました。弁護団長の後藤昌弘弁護士は再審について「できる限りのことはしたい」と述べました。田辺さんは03年に逮捕され、捜査段階でいったん自供したものの公判で全面否認に転じ、自白調書の信用性が争点となりました。一審名古屋地裁は無罪としましたが、二審名古屋高裁が逆転有罪を言い渡し、08年に最高裁で確定しました。日弁連の支援を受け、16年に再審請求。名古屋高裁で棄却され、同高裁で異議審が続いています。19日午前に大分刑務所を出所しました。」(22日付しんぶん赤旗「社会・総合」欄より)この再審請求の案件は意外と多く、全国で争われています。この事件も現地調査では矛盾がいっぱいあり、供述との矛盾がありました。それにしても、一旦有罪になるとその門戸が狭いのは国民が知らない事です。さて、20日(土)は長男の孫が7歳の誕生日だと言うので、お祝いに駆け付けました。大の電車好きで、本人の希望で「京都交通科学館」に行きました。あまり本物の電車に関心はなく、模型の電車に夢中でした。「写真は、入り口に展示されている0系新幹線と、湘南型急行列車と、今は懐かしい大阪環状線の電車です」

つくすくほうしが鳴いています。
2022/08/19

「いったい、あの大会はなんだったのか。オリンピックとは、スポーツとは・・・。1年が過ぎたいまも問われつづけています。余韻どころか、負の遺産や不信がぬぐえない東京五輪です。「アスリートや日本国民のためではなく、IOCや電通をはじめとする五輪貴族や特権階級のための催しではなかったか」。広告大手の元社員で『東京五輪の大罪』を著した作家の本間龍さんは、金もうけの巨大な欲望だけがあった五輪だったと指摘します。招致段階からの不祥事や疑惑の数々、ふくれあがった大会経費はコンパクトや復興、多様性と調和といったスローガンを早々と消し去りました。コロナ禍の強行で残ったものは政官財が一体となって利権にむらがる姿か。大会組織委員会の元理事がスポンサーに選ばれた企業からわいろを受け取り、見返りに便宜を図ったとして逮捕されました。五輪を私利私欲に利用する構図からうまれた汚職です。前回五輪まで十数社だったスポンサー企業は東京五輪では60社以上にのぼりました。そのすべてを取り仕切っていたのが広告最大手の電通です。罪に問われた元理事はその電通内で「スポーツビジネスのドン」と称される人物だったといいます。闇に隠された金の流れはこれだけではないでしょう。オリンピックやスポーツの価値を大きく傷つけ、巨額の公金が投入された東京五輪。その検証や責任の追及もなく、いままた30年冬季五輪の札幌招致に動いています。人びとや社会からの信頼を失いながら。」(19日付しんぶん赤旗「潮流」より)初めて東京五輪が開かれた時は、私たちが小学校5年生の時でした。あの時は、純粋に感動する場面がありましたが、今回はどうでしょうか?名もなき国の選手が金メダルを取ったり、番狂わせがどれほどあったでしょうか?オリンピックの開催国になるには巨大な資金が必要になり、これでは発展途上国に開催する事はできないでしょう。さて、8月も下旬になり、今朝近所を散歩するとセミの鳴き声が変わっていました。あのクマゼミからツクツホウシになっていて、夏の終わりを告げているようでした。「写真は、敦賀市「鞠山・海釣り公園」で釣りを楽しむ人々です」

お盆も終わりましたね。
2022/08/16

「障害のある人は優性保護法下でかって、不妊手術を強制されました。その数約2万5000人。たまたま障害を持って生まれたために、生涯にわたる苦しみを味わされるような人権侵害を受けたのです。「優性上の見地から不良な子孫の出生を防止する」。同法のこの目的は1996年に法が廃止されてもなお、社会や私たちの意識に大きな影を落としています。障害のある女性が結婚、妊娠・出産、子育てをするには多くの困難があります。優性思想に裏打ちされた根深い障害者差別があるからです。結婚式の招待状を未開封のまま返された。2人目の出産前に不妊手術を勧められた。「子どもに熱が出たらどうするの?」と自身でケアできないことを責められる・・・。医療従事者や自治体職員など専門職に就く人の中に優性思想が潜んでいることも。障害者の生と生殖に関する健康と権利を無意識のうちに認めないような対応を取ることがあります。強制不妊手術の被害者は裁判で、障害者差別の解決を求めてたたかっています。弁護団に加わる藤原精吾弁護士は「障害があることでその人の評価を下げるのは、資本主義社会特有のことではないか」と問いかけます。生産性に価値を置く資本主義を乗り越えて、優性思想を克服するー。私たちには不断の努力を続けることが求められます。脳性まひで車いすを使う20代の女性の言葉が力強い。「障害のあるひとが『自分の人生』を生きることが妨げられるような差別は、私たちの世代で止めなければ」」(16日付しんぶん赤旗「潮流」より)自身の中にある「差別」は、あらゆる日常生活の中でも生まれています。特に身障者を見ると「気の毒だな」と思い、「あ〜あなったら大変やな」なんて考えてしまうことです。さて、昨日(15日)は、墓参り以外に初めてお休みを頂きました。どこに行くとも考えず、とりあえず敦賀市の「鞠山・海釣り公園」に向いました。「写真は、鞠山・海釣り公園ですが、お昼を過ぎていたので帰路に着く人も、その中でアジが釣れていましたし、隣のバケツではサンバソウ(石鯛の子ども)やチャリコ(鯛の子)が釣れていて、楽しそうでした」

大阪まで墓参りに行って来ました。
2022/08/13

12日(金)は、恒例のお盆の墓参りに行って来ました。安曇川駅発10時18分の新快速・姫路行に乗り、予定では大阪駅に午前11時30分に到着予定でした。ところが、京都駅に停車中に車内で急患が出たととかで、発車が5〜6分遅れました。大きな影響ではありませんが、今日は何かが起きそうな予感がしました。鴻池新田駅に午前12時10分に着き、急いで墓参りに行きました。まだ12日という事もあり、墓前に花が生けられてるのは3分の1ほどでした。駅に戻り、約束していたS先生とY君、H君と私ども夫婦の5人で、先生が予約していた「料理屋」に行きました。私自身、めったにないのですがビールで乾杯し、出て来た料理に舌ずつみを打ちました。2時間ほど滞在した後、コーヒーでも飲もうと近所にある喫茶店でくつろぎました。約1時間ほど滞在の後、今度は9月20日頃に会う約束で、S先生と駅前で別れ、それぞれの帰路につきました。大阪駅発午後5時ちょうどの新快速野洲行きに乗りました。まだ、まっすぐ帰るには早いので、京都駅で下車しました。この時も、京都駅の手前で人身事故があったとかで2〜3分の遅れが出ました。改札を出ると、京都タワーの6階でビアガーデンがあるようで行ってみました。ビル内で迷いながら、なんとか受付まで行ったのですが、バーベキューのお店で、予約が必要だとの事でした。すごすごとビルを後にし、地下のポルタを歩き回りましたが、どこも行列が出来ていて、あきらめました。結局、いつも訪れる「京都劇場・がんこ」に行きました。生ビールを2杯と、串カツ、豚ぺい焼き、まぐろの握りの盛り合わせで1時間ほど滞在しました。嫁さんが、今日は1万歩歩いたと言って、喜んでいました。「いや〜、今日はくたくたやわ」と返事をしておきました。京都駅発午後8時28分の普通近江今津行きに乗りこんだ頃は、すっかり夜になっていました。午後9時20分には近江高島駅まで帰って来たのに、車内放送で「先頭車の窓ガラスに鳥が当たり、ひびが入った」との事でした。「え〜っ、もう一駅なのに」と思い待ちましたが、15分は動きませんでした。よおやく発車出来たのは、20分後の事でした。安曇川駅に着いたのは午後10時になっていました。今日は、3回も電車の遅れがあり、最後の1回は帰れるかどうか心配しました。今朝、起きると右足が痛み、歩行に困難を来しています。まあいくら歩いたかは知りませんが、これくらいで痛む足に情けなくなっています。「写真は、しきぶ温泉・湯楽里で食べたこの日の昼食です」

暑い日が続きますね。
2022/08/10

「世界大会 2022 取材団」「「長崎を最後の被爆地に」と核兵器廃絶を世界に訴え続けてきた被爆者。被爆77年の長崎平和式典は、発効した核兵器禁止条約を力に、平均年齢が84歳になった被爆者の願いとそれを引き継ぐ市民らの決意があふれるものでした。開会は、新型コロナ禍を乗り越え3年ぶりとなる、被爆者歌う会・「ひまわり」による「もう二度と」の合唱で始まりました。「♪もう二度と作らないで 私たち被爆者を この広い世界の 人々の中に」と歌い上げると会場から大きな拍手が起きました。被爆者代表として、「平和の誓い」をのべた宮田隆さんは、「核兵器禁止条約をバネに、私たちの強い意志で、子、孫の時代に、核兵器のない世界実現への願いを引き継いでいく」と表明しました。ロシア・プーチン政権が核兵器で脅しながらウクライナ侵略を続けるなか、田上富久長崎市長は、「暴力で解決しようとする”暴力の文化”ではなく、信頼を広め、話し合いで解決しようとする”平和の文化”を」と訴えました。高校生平和大使の「微力だけど無力じゃない」を、平和を求める市民共通の合言葉にしょうと呼びかけました。(活)」(10日付しんぶん赤旗「国民運動」欄より)被爆から77年も経過すると、証言者も少なくなり歴史の継承が難しくなりそうです。私が初めて長崎の被爆地に訪れたのは、高校の修学旅行でした。この上空で核兵器が爆発したのだと思うと、ぞっとするような気がしました。さて、東北地方を中心に「豪雨被害」が相次いでいます。ここ安曇川ではほとんど雨が降らないのに、局地的な雨が大量に降るのも「地球温暖化」の影響でしょうね。「写真は、長浜市・余呉町にある「余呉湖」の景色です」

ブルーインパルスが飛んでいます。
2022/08/07

「試写室」「二十四の瞳 NHKプレ 8日 午後9時〜」「68年前の映画初公開以来テレビや映画で幾度も描かれてきた名作が今、この時に登場する。原作・壷井栄、脚本と演出・吉田康弘。前半。日本が満州(中国東北部)占領など太平洋戦争へ向かう不穏な時代だったが、舞台にになる瀬戸内の小さな島には美しい海と山、貧しくも平穏な人々の暮らしがあった。4月、島の小学校の岬分校に赴任してきた大石久子(土村芳)。スカートで颯爽(さっそう)と自転車をこぐ姿に、島民は「おなごがあげな格好して」と眉をひそめるが、受け持つ12人の1年生は優しい女先生が大好き。楽しく学び歌い遊ぶ日々の中、大石は足を骨折してしまい町の本校へ移動し、一時期別れることに。後半。この子たちが尋常小学校を卒業する頃になると・・・。土村は、優しさだけでなく、落ち着いた表情の下に意思の強さを沈めて好演。玉音放送の場、すくっと立ち上がり中座する彼女の背中には、教え子や夫の命を奪ったものへの怒りと生き抜く決意に満ちていた。生き残った7人の教え子が催す謝恩会の場は胸に刺さる。戦争はいつのまにか始まり人々を翻弄(ほんろう)し残酷さだけを遺(のこ)すのだ。(口山衣江 ライター)」(7日付しんぶん赤旗「社会・総合」ノページより)ラグビー部の合宿で、始めて小豆島に訪れたとき土庄港で「二十四の瞳」の銅像が建っていました。それまでに小説を読んでいたので、どこか感慨深いものがあったのを思い出します。さて、今日の高島市では、航空自衛隊の記念式典があり、ブルーインパルスが記念飛行しています。普段は静かな町が、あちらこちらで大渋滞になり関心の高さが伺えます。「写真は、越前市「しきぶ温泉」の館内の様子と、玄関付近です」

今日は、雨が降っています。
2022/08/04

「松本清張は戦後作家の中で群を抜く巨星です。『点と線』『ゼロの焦点』など社会派ミステリーで一大ブームを起こしました。『日本の黒い霧』『昭和史発掘』といったノンフィクションでは歴史と権力犯罪の闇に迫りました。4日は没後30年に当たります。北九州で生まれた清張は家が貧しく、小学校卒で働き始めた苦労人でした。小林多喜二をはじめとするプロレタリア文学に接したため特高警察に逮捕され、拷問を受けたこともありました。戦後43歳で芥川賞を受賞し遅咲きのデビュー。ベストセラー作家になっても弱者の視点を忘れませんでした。評論家の鶴見俊輔は「少年時代に愛読したプロレタリア文学の理想を受け継ぐ人で・・・戦後の高度成長の時代に個人としてこの理想を追求した」と評しています。選挙では日本共産党を応援し、1970年代、80年代は国政選挙のたびに党のビラに顔写真入りで期待を寄せてくれました。80年の衆参同時選挙ではビラにこんな談話を。「私が共産党の人たちに求めるのは、いつまでも清潔さを失わず、誠実に庶民の立場をつらぬくこと、明るく、ロマンチズムを忘れぬことである。現実を重視するのはもちろん大切だが、ロマンのない人では未来を語ることができないからだ。大いに期待している」。幅広いジャンルにわたった1000編に及ぶ作品は現在も販を重ね、ドラマ化が途切れません。82歳で亡くなった後も作品は生き続けています。日本共産党への激励も創立100年の今に響きます。」(4日付しんぶん赤旗「潮流」より)松本清張の小説は、社会人になりたての頃にほぼ全編を詠みました。ただ、作品が多すぎて、題名と内容が一致しないものもあります。最近は図書館で借りて来て、一冊、一冊を大事に読んでいます。さて、毎日晴天で酷暑だった安曇川ですが、今日は雨模様の空になっています。ニュースによると、山形県では記録的な豪雨で川が氾濫し、浸水被害が起きているとか。最近の天候は予測がつかないほど、大荒れになることが多くなっています。「写真は、昨年8月の「鞠山・海釣り公園」の景色です」

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