セミが鳴き出しました。
2018/07/27
「世界の平均気温・2040年に1・5度上昇」「国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が、世界の平均気温について、温室効果ガスの排出が現在の水準で続けば、2040年ごろには産業革命前と比べて1・5度上昇するとの予測を出す方向で検討していることが、26日分かりました。IPCCは各国政府や専門家から意見を聴いた上で、10月に韓国で開く総会で特別報告として公表します。報告書草案によると、17年時点の世界の平均気温は19世紀後半に比べ、既に約1度上昇していると指摘。現在のペースで温室ガスを排出し続ければ、今後10年ごとに約0・2度ずつ上昇すると分析しました。陸地では、海上より急激に温暖化が進行。日本を含む中緯度の地域では、極端に暑い日に最大3度上昇すると予測し、豪雨が増えることにも言及しました。熱中症など高温関連の死亡率が上がるほか、マラリアやテング熱のリスクも高まります。7〜9割のサンゴ礁が消失する恐れもあります。16年に発効した地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」は、世界の平均気温上昇を2度未満に抑える目標と、1・5度未満にとどめる努力目標を定めましたが、対策を打たなければ「2度未満」の目標達成さえ困難な状況です。」(27日付けしんぶん赤旗「社会・総合」欄より)昨夜、午後10時よりNHK・BSプレミアムの「コズミックNEXT]では「火星移住計画」が論議されていました。私が思っていたより可能性が高まって来たとは言いますが、地球と火星は6000万`も離れている事、片道8カ月もかかる事、宇宙から注ぐ放射線からどうして身を守るかなどクリアーしなければならない事も沢山あります。ただ、地球の温暖化が進んで人類が住めなくなる事も考えられるので、実現に向けて頑張って欲しいと思います。さて、25日(水)に近所の神社を歩いていると、「シャンシャンシャン」とクマゼミが鳴いていました。どうやら、酷暑を避けて気温が下がり始めたのを感じて出てきたのでしょうが、これで夏らしくなりました。(写真は、朝焼けがあまりに美しかったので撮影しました)
41・1度 国内最高を更新。
2018/07/24
「1本の白い「ろうそく」が手元にあります。スイッチを入れると、芯の先にオレンジ色の火がともるライト。2016年、首都ソウルをはじめ、韓国全土で数十万、数百万の民衆が起こした「ろうそく革命」で実物のろうそくとともに使われました。国政を私物化し、不正・不義を働いた朴槿恵(パククネ)・前政権に噴き出した国民の怒り。それは文在寅(ムンジェイン)新政権をうみだしました。運動の底に流れていたのは、分断国家ゆえの平和への渇望と希望でした。新政権下での韓国の政治の変化は早い。とくに外交では板門店での南北首脳会談を成功させ、史上初の米朝首脳会談につなげました。半島の非核化、朝鮮戦争終結をふくむ平和体制の確立へ大きな一歩が踏み出されました。「ろうそく革命」の源流といわれるのが、1919年に起きた3・1(サミル)独立運動です。日本による植民地支配が続くなか、独立宣言を読み上げてソウル中心の公園からはじまった非暴力の運動は、またたく間に半島各地に広がりました。日本軍のひどい弾圧にあいますが、独立を求める民衆の灯は消えませんでした。この運動では女性のめざましい活躍もありました。来年は100年目の節目にあたります。「ろうそく」は韓国から日本に贈られ、安倍政権を倒そうという集会でも配られています。安保闘争や沖縄のたたかい、今の市民と野党の共闘をはじめ日本にも民衆運動の伝統は脈々と。人々の胸にともる小さな火。その炎が大きく広がるとき、たしかに世の中は動きます。」(24日付けしんぶん赤旗「潮流」より)さて、22日(日)投開票で行われた長浜市議選ですが、4人全員当選という快挙を成し遂げました。(パチパチと拍手)私は一度も応援に行けませんでしたが、嫁さんは3度ほど参加してウグイス伯母さん(嬢ではありません)して来ました。この夏の猛暑は身をもって知りましたが、それにしても40度を超えて来ると、もはや屋外では生活を出来なくなって来ました。ところで、暑すぎるせいか、安曇川ではセミの鳴き声が聞こえて来ません。キリギリスは弱々しくとも鳴いてはいるのですが、セミが鳴かないと夏を感じられませんが、みなさんの所はいかがでしょうか?(写真は、マキノ町の道の駅「追坂峠」の夏の光景です)
暑い時は温泉に限る。
2018/07/20
食通で知られた池波正太郎の小説「剣客商売」にこんな一節があります。「背びらきしたのを蒸しあげて強い脂をぬき、やわらかく焼きあげ、たれも工夫が凝らされるようになり・・・」。江戸期にはやったウナギ料理の様子を描いたものです。古くは万葉集にも歌われ、すでに縄文時代から食べられていたというウナギ。地域によって伝わる調理法があり、日本人のソウルフードともいえるでしょう。きょうは土用の丑(うし)の日。ウナギを食べようという気もうせるほどの暑さですが、せめてその生命力にあやかりたい。夏の風物詩ですが、現状は深刻です。稚魚のシラスウナギの不漁がつづき、近年は最盛期の1割程度に落ち込み、いまでは絶滅危惧種にも指定されています。乱獲や河川・沿岸環境の悪化、海洋環境の変化を減少した原因にあげる専門家は多い。世界でとれるウナギのおよそ7割が日本人の胃袋におさまるといわれるだけに、保護や生育のために力を注ぐのは日本の責務です。ウナギだけではないでしょう。本紙で連載したクロマグロの資源回復も急がれます。資源管理を怠ってきた日本政府の対応や規制の甘い大規模漁業による産卵期の根こそぎ操業。漁業枠を減らされた漁師たちの怒りの声をあげています。大海原を回遊するウナギやマグロ。地球の大自然のなかで育まれ、私たちと長く親しみ、日本の食文化を支えてきました。風土に根ざし、食してきた命を大切にする。それは人間自身の営みを守っていくことにつながります。」(20日付けしんぶん赤旗「潮流」より)我が家でも一日早くウナギを頂きましたが、気のせいか、それとも値段を値切ったからか昔ほど美味しくは感じられなくなりました。さて、安曇川でも連日35℃以上の日が続いていて、外に出るのも億劫になります。18日(水)はお休みを頂き、竜王町にある「蒲生野乃湯」に行って来ました。この日はサービスディで500円で入れましたが、暑い時は熱い湯に入るのが一番だと風呂上がりに感じました。(写真は、蒲生野乃湯の玄関と、周辺の景色です)
”酷暑”と言うのでしょうか?
2018/07/17
「「日本の秘められた恥」と題したドキュメンタリー番組が先月末、英BBC放送で流れました。自身の性暴力被害を訴えるジャーナリストの伊藤詩織さんに密着取材したものです。番組は日本の男性優位社会のなかで被害者が声を上げにくい状況があると指摘。変化をもたらすために立ちあがった伊藤さんの姿を追いながら、性暴力やセクハラを受けた人たちへの支援が遅れている日本の現状に迫りました。性被害者が声をあげ世界に広がった「#MeToo]運動。いま行政のトップがセクハラ問題で辞めた東京の狛江市で市長選がたたかわれています。前市長をかばい反省も謝罪もない自公が擁立した候補と、追及してきた超党派を代表する田中とも子さんの一騎打ちです。6年前に就任してから職員らに働いていたセクハラ。明るみに出てもしらを切り、開き直る。そんな市長を自公は支えましたが、被害者の勇気ある告発と、党派を超えた議員、市民が一体となって辞職に追い込みました。多摩川沿いにある人口8万人の市は20年ほど前にも市長が全国に悪名をはせました。カジノ賭博で巨額の負債を抱え失踪。清潔、公正、市民が主人公を掲げた矢野裕さんが当選し、市政を刷新しました。セクハラやパワハラの根絶は社会的な課題です。人権と市民の暮らしを守ると訴える田中さんに手を振り、駆け寄る市民。耳を傾けていた若い夫婦は「セクハラ市長なんて恥ずかしい」と。ふたたび狛江に、全国に、さわやかな風を起こす選挙戦です。」(17日付けしんぶん赤旗「潮流」欄より)セクハラとかパワハラとかは非常にデリケートな問題も含まれていますので簡単には結論が出ないと思います。さて、安曇川でも連日気温が36℃に達する日が続いていて、人通りもまばらです。昨日は、岐阜県・揖斐川町(藤橋の湯があります)で39・3℃となり全国一気温が高かったとか。もはや、40℃になる日も近かそうで、とうとう地球が壊れたのかなと思ってしまいます。(写真は、しきぶ温泉「湯楽里」の玄関と七夕が飾られた館内です)
もはや、夏バテ気味です。
2018/07/14
「こどもの ひとこと」
★痛くない時には★
虎太朗、小学3年生、友達との会話でいろいろなことを覚えてきます。「痛い時、痛いって言わないのがやせ我慢。痛くない時に、痛いって言ったら”ふと我慢”やで!」
(人見もえぎ 44歳 京都・与謝野町)
★大した違いない★
中1の娘に「進路説明会の申し込みを先生に出してくれた?」。「えっ、ママ行くの?そんな時間あるの?」「だって高校のことだから重要じゃない?」「え!通学路の説明会じゃないの」。オランダ人のパパに英訳しようと調べたら、どちらもコース。
(滝井みおぎ 44歳 東京・世田谷区)
★寺でろうそくに★
ある日、家族でお寺におまいりに行きました。灯明のろうそくに火をつけて立てると、となりの2歳の孫が大きな声で「ハピバスデーツユー」。一斉に大きな笑い声が。
(植木章 68歳 兵庫・養父市)
★お菓子食べたよ★
近くに住む3歳の孫娘が「じじとばばに1こずつ」と、お菓子をくれた。翌朝、じじが「お菓子、おいしかったよ」と言うと、「バームクーヘン、しょうみきげん、きれてたでしょ」だって。だいじょうぶ、期限内。
(松浦ばば 78歳 山形県)
★気づきはいいな★
小3の孫が、髪を切った私を見て「ばあば、切ったの、さっぱりしたね」。気づいてくれて感動。翌朝「ばあば見て、140aのパジャマだよ」と孫。「かっこいいね」と私が言うと、満足気な笑顔。”気づき”っていいな。
(横山恵美子 72歳 介護職 東京・府中市)
★「こんにちは」も★
「ひとに会った時、”こんにちは”とあいさつできるといいよ」と小3の羽矢太(はやた)に言うと、「知らない人には言わないよ。こわいもん」。
(うっかりばあば 76歳 千葉県)
この、「こどもの ひとこと」は毎回楽しみにしていて、その内容に思わず微笑んでしまいます。さて、まだ夏が始まったばかりなのに、もう夏バテ気味で夜中に目が覚めてしまいます。以前の安曇川の気温は、大阪より少なくとも2〜3℃は気温が低かったのに、今では逆転している時もあります。これも「地球温暖化」の影響なのか、生活していく上でクーラーが欠かせなくなりました。(写真は、久しぶりに訪れた小浜新港ですが、ただ一人の釣り人もなく静まりかえっていました)
遅れて来た一匹のホタル。
2018/07/11
「敗残兵だった原作者は、自分の分身にめぐり会えたと感慨にひたりました。母は日に日に形相が変わっていく息子に「おまえを本当に戦争にとられたような気がした」。五味川純平の小説「人間の條件」。戦争という極限下で人間としての良心を貫こうとした主人公{梶」。24歳のときテレビドラマで演じた、その青年役が加藤剛さんの俳優人生の原点になりました。日本人のたくさんの「梶」たちが残していった遺書を受け取る覚悟で。以来、80歳で亡くなるまで原点は揺らぎませんでした。「戦争を憎み、平和を選ぶという作品に多く出演してきました。俳優の仕事は、戦争を起こさせない世の中をつくること。それが使命だと思う」。反戦平和への強い気持ちはみずからの体験も。生まれ育った静岡県・御前崎にも落ちた爆弾。実の兄のように慕っていた義兄は南洋諸島で「玉砕」。戦後の食糧難と物不足のなかで死んでいった姉・・・。あの悲惨さを実感として知る最後の世代といいながら、戦争の愚かさを伝え続けました。平和な時代の礎となった憲法には特別な思いを。憲法は戦争で亡くなった人たちの「夢の形見」。絶対に守りぬかなければと、自身が属する俳優座9条の会の呼びかけ人にも。執ように改憲を狙う安倍政権を本紙でも批判していました。逆に、一貫して戦争に反対し、憲法を守る日本共産党には熱い期待を寄せてくれました。その党はもうすぐ創立96周年を迎えます。加藤さんの遺志をうけつぎ、平和の声をさらに大きくと。」(11日付けしんぶん赤旗「潮流」より)加藤剛さんも好きな俳優の一人でしたが、最近は名俳優が亡くなる事が多くなり残念です。さて、「豪雨被害」で死者149人となり、なお行方不明が60人と聞くとその甚大な被害に驚きます。何よりもライフライインの復旧と、仮設の住宅の提供が急がれます。昨夜、久しぶりに近所を散歩すると、ただ一匹のホタルが飛んでいました。目の錯覚かと思い、近づくと間違いなくホタルでした。「おまえ、今頃出てきても仲間はいないよ」「もう少し早く出て来ないと、伴侶が見つからないな」と話しかけました。朝起きて、再び散歩すると「キ〜スイチョン」とキリギリスの初鳴きを聞き、「あ〜あ、今年も夏が来たんだな」と思いました。(写真は、小浜市・田烏地区の景色ですが、海水浴シーズンになり整備が終わっていましたが、もうすぐ子どもたちの賑やかな声が聞こえて来そうですと、足音に逃げるフナムシの大群です)
雨がよく降りましたね。
2018/07/08
「善かれあしかれ、私たちは生きている間に時代を画す出来事に遭遇することがあります。そのときの記憶は、同じ時世の流れのなかにいる人びとに忘れがたく刻み込まれています。23年前に社会を震え上がらせた地下鉄サリン事件もそうでした。テレビに映った異様な光景はあのときの自分とともに今もよみがえります。教祖の麻原彰晃(本名=松本智津夫)をはじめ、オウム真理教のメンバーとしてすり込まれた面々も。坂本弁護士一家殺害や松本サリン事件、そして朝のラッシュ時を狙った化学兵器による無差別テロ。狂気に走った殺人集団の真相は語られないまま、麻原や元幹部の死刑が執行されました。多くの”なぜ”を残して。オウム真理教が世に現れたのは、列島がバブルで踊っていた頃でした。カネや物欲にまみれた現世に嫌気がさし、魂の救済を求めたー。古くからの元信者が語っていました。最盛期には1万人もいたという信者のなかには、進むべき道を探していた若者の姿が多く。宗教を隠れみのにして、人殺しを正当化していった教団。いくつもの兆候がありながら、警察や行政の対応が遅れたのはなぜか。地下鉄サリン事件で夫を亡くした高橋シズヱさんは「初期の事件をきちんと捜査していれば、オウムをあそこまで増長させることはなかった」。偽りが横行し、規範が乱れ、格差がひろがる社会。先行きが見えない状況は現在も同じです。若者を惑わし、過激な行動に向かわせた「オウム」を、過去の話にしてはいけません。」(8日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私の会社の先輩が、あの地下鉄サリン事件が起きた電車の1本後の電車に乗っていて難を逃れたそうです。いつもならその電車に乗る予定だったのが、乗り換えの小田急線が3分ほど遅れたから、間に合わなかったそうです。運は紙一重で大きく変わるものだと、後日会った時に話していました。さて、4日(水)から降り出した雨は、止むことなく今朝まで降りました。高島市・安曇川町ではお1人の方が畑を見回りに行って用水路に流され亡くなりました。災害で亡くなったのは、ここ35年間で初めての事で新聞にも記事となっていました。それにしても、風で止まる湖西線はありましたが、雨でも止まるとなると通勤・通学の方には気の毒な事です。(写真は、しきぶ温泉「湯楽里」で食べた「ロースカツ御前1100円」と「天ぷら御前1350円」ですが「おろしそば」が必ず付いていますと、館内に飾られた「紫式部」の人形です)
しきぶ温泉「湯楽里」に行きました。
2018/07/05
「わがまち ふるさと」「東京都・日野市」「東京都のほぼ真ん中に位置し、多摩川と浅川が流れ、多摩丘陵を抱える起伏に富んだ街です。日野は昔「多摩の米蔵」と呼ばれるほどに米作りが盛んな地域でした。その後、宅地化が進みましたが、今でも市内を縦横に走る用水路の総延長は118`にも及びます。また、市内の湧水箇所は、崖線に沿って約180地点もあります。森田喜美男革新市政が1976年、清流条例を施行し、汚れていた農業用水への年間通水を始めました。2006年に清流保存条例を改正し、「水辺に生態系を」を合言葉に、市民と行政が協力し、水質改善などに取り組んだことで、私たちは今でも用水路のある風景を見ることができます。私が幼少期を過ごした地域に近い場所にある黒川清流公園は、崖線から湧き出る豊富な水や雑木林などの自然を生かし、全長600bの公園として整備されました。夏には、子どもたちが水遊びを楽しむ姿が見られ、市の鳥カワセミも訪れます。運がよければホタルに出会えるかも。JR豊田駅から徒歩10分ほどの場所にあるので、散歩コースとしてもいかがでしょうか。用水路と湧水のある風景を残す日野市を訪れてみてください。(大高哲史市議)」(5日付けしんぶん赤旗「社会・総合のページ」より)日野市は中央線で行くことが出来ますが、東京にいたころは御縁がなく降り立った事はありませんでした。さて、昨日(4日)はお休みを頂き、敦賀市から越前市までドライブをして来ました。相変わらず長女の早起きが続き、午前5時には起こされてます。悩みは行き先の施設のオープンが午前10時からとなっていますので、遠路まで出かける事になります。今回のしきぶ温泉「湯楽里」は午前9時からだったので、大助かりしました。お風呂から上がり、昼食を食べる時間でも午前11時というありさまですので、すべてが1時間以上前倒しで行動しなくてはなりません。(写真は、いつも立ち寄る「鞠山・海釣り公園」ですが、釣果がないのか釣り人が少なく、淋しい光景でした)
作家・赤川次郎さん語る。
2018/07/02
「作家生活42年の赤川次郎さんが、書き下しを含む図書館向け『ミステリーの小箱』を刊行しました。書き下ろし「洪水の前」に込めた、今の日本に対する思いを聞きました。(米重知聡)」「今回刊行した中に「日の丸あげて」という短編があります。祝日に「日の丸」を掲げない一家が陰に日なたに攻撃される話です。「日常に起こりそうな話として書きました。この短編をある右翼の大物が褒めてくださったそうです。『これは立派な政治小説だ』と。その人は、押しつけることで『日の丸』や『君が代』に対する敵意が芽生える、愛されるためには押しつけちゃいけないという意見です。右翼からは、いまや左翼陣営に行ったみたいにいわれています。社会全体が保守化している表れですよね。本人は動いていないのに、軸の方が動いちゃって。自民党の古い方たち、結構心配していますよ、安倍さんのもとでどうなるんだろうって」70歳を迎え、後の世代のことを考えるようになったといいます。「真実の価値とか、いままで守られてきたものがありますよね。ところがいまウソをついても言い通すせば済んじゃう。変な世の中になったと暗澹(あんたん)たる気持ちになります。子や孫の世代に少しでもいい社会を残しておきたいと思いますね」「いまはなかなか大手新聞も頼りない。『赤旗』には党の機関紙というだけではない、普通の記事も載っていますね。大手新聞がおとなしくなって、比較して『赤旗』が変わらないと、それだけ先鋭的に見えてしまう」「ソ連が崩壊したときに、世界中で左翼機関紙が名前を変えてみたりしました。その中で日本共産党は党の名前も新聞の名前も愚直なほど頑固に変えなかったのは偉いと思います。変に名前を変えると何の党だかわからなくなりますよね。頑固に貫いているというのは、人がついてきてくれる一つの要因です。そういう姿勢は正しいと思います。もっと多くの人の目が向ければうれしい」(9面につづく)」(2日付けしんぶん赤旗「1面」より)赤川次郎さんて、作風から年下だと思っていたのですが、年上だとは知りませんでした。さて、台風が沖縄地方に接近していて、明日は九州地方が大荒れになりそうです。先日は米原市で竜巻が発生し被害が出ましたが、どこか気象がおかしくありませんか?(写真は、雄琴温泉から帰る途中で、堅田駅に止まっていた「忍」とラッピングされた電車です)
「湯の宿・木もれび」に泊まりました。
2018/06/29
「まど」「27日に亡くなった馬場有(たもつ)福島県浪江町長は東京電力福島第1原発事故直後から本紙のたびたび登場してくれました。
○・・・初取材は原発事故の起こった2011年3月。福島県二本松市に設置した仮役場で、あごひげが伸びたままの馬場町長は「バランスがとれた町がゼロになった。東電は謝罪と補償を、国は事故収束を」と感情を抑えながらも、厳しい表情で話しました。全町避難はそれから6年間続くことになります。
○・・・馬場町長の取材での余話を二つ。一つは、避難先の小学校の運動会で浪江町の子どもが走った時、「10万円(精神的賠償の月額)が走っている」とヤジが飛んだ話。もう一つは、孫と一緒の生活が戻らないなか、思わず孫の名前を呼ぶ時があるという話。悲しげな表情が記憶に残ります。
○・・・最後となった取材は今年の4月20日。町民1万5千人の東電との集団賠償交渉が決裂したことについてでした。入院先から役所に出てきた馬場町長は、町民説明会で今後のことを相談すると意欲的でした。帰り際には「また来てください」と声をかけてくれました。その後、約2カ月間で「辞意表明」「死去」という急展開。馬場町長の原発事故からの7年3カ月は、原発事故と言う未曽有の災害とのたたかいでした。合掌。(善)」(29日付けしんぶん赤旗「社会・総合」欄より)馬場町長は、まだ69歳という若さでしたが、原発事故後の激務に命を縮じめたのではないでしょうか?さて、母親が白内障と診断され、大津赤十字病院に入院しました。手術日も含めて4日間の入院でしたが、毎日通うことになり、せっかくだからと1日は雄琴温泉に泊まることにしました。
「湯の宿・木もれび」〒520−0101 滋賀県大津市苗鹿2−30−1 рO77−579−8585
いつもは長女3人で行動していましたので、夫婦だけの宿泊は40年ぶりで、前回がいつだったかはっきりと覚えていません。「湯元館」に隣接していて、600円でお風呂も利用出来ました。雄琴温泉の料金は高いのですが、ここはリーズナブルな価格で、夕食にビール2本、お酒2本、カラオケボックスを1時間1000円で借りました。すべての会計が27000円(2食付き)でしたので、帰り際に「また来たいね!」と嫁さんと話していました。(写真は、木もれびの夕食と、翌日の朝食と、玄関付近です)
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