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しきぶ温泉「湯楽里」は常連?
2018/10/29

国道8号線で越前市内に入る手前の信号を左折すると、文化ゾーンが」あり、保育園や老人ホームなどがあり、一番奥に「湯楽里」があります。山を背にして建物があり、1階は受付とレストランと売店があり、2階は宿泊施設となっていますが、私はもちろん上がった事がありません。「湯楽里」の入浴料は通常600円ですが、65歳以上で50円安い550円で障害者は400円で入れます。ここに来ることが多くなったので、今回初めて回数券を買いましたが、550円×6回で2750円ですから2割引きとなります。「何か得した気分」と嫁さんは喜んでいました。お風呂から上がると、長女は決まったようにレストランに向かいますが、いつも座る場所が決まっていて、先客があると立ち止まってしまいます。「今日は、こっちに座ろうよ」と言うとあきらめたように別の場所に座りますが、幸いこの日は空いていました。座るとメニューを見て、料理の写真を指差しします。不思議なのはその日の気分で注文する内容が違い、この日はトンカツ定食を頼んでいました。最近、「湯楽里」も一時の混雑はなく、お客が減ったなと感じる事が多くなりました。この様な温泉施設が増え、競争が激化しているのと、高齢化で今まで来れた人が来れなくなったかもしれません。昼食後、越前海岸にある「おさかなや」で買い物がしたいと言う嫁さんの要望に応え、越前市内から峠を越えて向かいました。前回来た時に、買うかどうか迷っていた「紅ズワイガニ」1800円を真っ先にカゴに入れ、後は「タラ」の切り身と「アンコウ」の切り身を買いました。ここの魚は鮮度が良く、他府県ナンバーも含め、ひっきりなしにお客が来ます。場所は、南から道の駅「越前」に着く約200b手前にあり、大きな駐車場が整備されています。皆さんも越前海岸に来られたら、お土産用にお買い求め下さい。さて、私事ですが、31日(水)〜3日(土)までお休みを頂き、北海道に出かけて来ます。地震があったし、寒い時期だし不安があるのですが、そうそう機会もないので決行する事にしました。31日の午前10時半発の「ピーチ」だそうで、安曇川を午前5時半の始発に乗らないと間に合いません。従って、申し訳ありませんが次回の「店長日記」は4日(日)になります。(写真は、菊の鉢植えに飾られた玄関付近と、この日食べた「トンカツ定食」1180円と、「おさかなや」で買った「紅ズワイガニ」1800円ですが甘くて美味しかったです)

小アジの姿はありませんでした。
2018/10/26

昨日、25日(木)は、長女の帰省に合わせてお休みを頂き、敦賀市方面に出かけて来ました。いつも立ち寄る「鞠山海釣り公園」は、駐車するスペースがないくらいで賑わっていました。「これは、釣果が上がっているかも?」「ひょっとすると、サヨリが釣れているかも?」なんて想像しながら釣り場に向かいました。ところが、陸上では感じられなかった北風が吹き、白波が立っていました。「これでは釣りにくいだろうな」「浅いところにいる魚は、散ってしまうだろう」と思われました。案の定、海面に小アジの姿は見えず、そもそも魚の姿が見えません。あちらこちらのバケツを覗きましたが、サンバソウ(イシダイの子)と、小グレと、バリ子(背中に毒がある)が釣れている?だけでした。北風の影響で寒く感じられ、午前9時半なのに帰り支度をする釣り人が絶えませんでした。「20年ほど前、この様な条件の時、サヨリが入れ食いで100匹ほど釣れたね」と思い出話になりました。それから、鞠山・海釣り公園を後にして、国道8号線から「さざなみ街道」を利用して、越前市にあるしきぶ温泉「湯楽里」に向かいました。(写真は,久しぶりに訪れた鞠山・海釣り公園の光景です)

秋晴れの日が少ないですね。
2018/10/23

「朝の風」「「辺野古に新基地をつくらせない島ぐるみ宗教者の会」が沖縄にある。9月末現在の共同代表は48人。仏教各派の僧侶、プロテスタント各派の牧師、聖公会やカトリックの神父、そして沖縄固有の「神人(かみんちゅ)」たちもいる。2014年10月、約40人の宗教者がキャンプシュワブゲート前で「基地を造らせない祈りの集会」を開いた。15年8月の安保関連法(戦争法)反対の声明には336人の宗教者が賛同した。16年1月に「島ぐるみ宗教者の会」が発足。辺野古や高江の現地行動、学習会などの祈りと行動で沖縄の声を発信してきた。16年の参院選挙では伊波洋一を当選させ、今年2月の名護市長選挙では悔しい思いをした。そして知事選挙。玉城デニー氏支援のビラ2300枚を配り、翁長雄志氏の四十九日に当たる9月25日には210人が参列し「しのぶ会」を開催。県民の良心と勇気を促した。正反対の行動をする教団もあった。安倍政権と組む創価学会は基地容認派支援に会長以下、大量の幹部・国会議員を投入。男子部を中心とする数千人規模の活動家を全国動員した。だが3割近くの学会員は教団の締め付けを乗り越えて玉城氏に投票したという。信仰者の良心がここにもあった。(柿)」(23日付けしんぶん赤旗「10面」より)10月も残すところ10日余りになりましたが、安曇川では快晴の日が少なく曇り空が続いています。おまけに台風26号が発生し、進路によっては日本に接近しそうです。ちょうどその頃、北海道に旅行する予定があり、影響を受けないか心配です。ところで、愛用のデジカメを不注意でアスファルトの落としてしまい壊れました。ようやく治っては来たのですが、修理代14000円は新品の半分ほどかかり痛い出費でした。(写真は、秋も深まった近所の景色です)

高島時雨が始まりました。
2018/10/20

「フェイクニュース」NHKテレビ午後9時〜「虚偽、でたらめ情報のフェイクニュース。社会問題化するテーマにNHKドラマ初主演の北川景子が挑みます。2週連続で、野木亜紀子のオリジナル脚本、演出は堀切園健太郎、佐々木善春。ことの発端は、インスタント麺に青虫が混入していた、というSNS投稿の拡散。大手新聞社からネットメディアに出向させられた東雲樹(北川)は、編集長(新井浩文)から追跡を命じられます。投稿した謎の男(光石研)に接触しますが、混入は事実なのか、目的は何か、取材する中で事態は企業間の争いに。東雲も巻き込まれていきます。”社会派エンターテインメント”らしく先が読めないストーリー展開、スピード感は確か。視聴率をとれる話題を追いがちなネットメディアの実態、面白半分で情報を拡散する人々の心理にもふれます。その中で芯が強く孤軍奮闘する女性記者を北川が熱演します。ニセ情報を政治的に悪用する怖さ。辺野古基地建設反対の運動をねじまげたMXテレビ番組「ニュース女子」が批判を浴びました。身近であり、民主主義を揺るがす大問題をドラマでどこまで切り込むかー。(山本長春)」(20日付けしんぶん赤旗「試写室」より)最近は、つまらないテレビ番組が多くなりましたが、久しぶりに見てみたい番組に出会えそうです。さて、安曇川では朝から雨が降っていて、気温も15℃から上がりません。天気予報では「曇り」だったのに、朝起きると「あれ〜っ、雨が降っているで」との嫁さんの声が聞こえて来ました。外に出ると、西と北の空は雲がびっしりなのに、東の伊吹山の辺りは陽が射していました。11月になると、こんな天気を「高島時雨」と呼びますが、今年は少し早く訪れたのかも知れません。(写真は、草津市で行われた孫の運動会での光景です)

「ビアンカ」の船旅は楽しかった。
2018/10/17

「聞いて 聞いて」
★「生と死と 喜と悲と」
9月27日に叔父さんが亡くなった。でも30日には亡兄の娘の初産、女の子が生まれた。同じ日、玉城デニー氏の当選。沖縄県民の底力の証明のように感じ涙があふれた。生と死、喜びと悲しみが日常なんですネ。
(三重県・鳥羽市 村上靖子)
★「カシや松 根こそぎ」
強い台風がまともに通過。公園のカシの木や松が根こそぎ倒れ、電話線、電線をズタズタに。10軒ほどが3日間停電、電話も不通。自然の脅威でした。
(大阪・枚方市 野村恵美子)
★「人のため 世のため」
諸々の活動、署名など行っています。人のため、世のため活動すれば、いずれは子ども、孫たちにめぐってくるか?
(福島・喜多方市 長谷川勇雄)
★「読破して7カ月に」
日曜版と併読してはや7カ月。日刊紙を1面から夢中で読みます。休刊日の一日の長いこと。「赤旗」と共に充実した日々を送れることに感謝!!
(宮城県 ピイバア)
★「うまいし 人情厚い」
東京から移住して7年。車がなければ不便。でも空気はうまいし食べ物もうまい。人情もあつい。桂浜にも近い。満足、満足!!
(高知市 角村幸子)
★「いずれは わが身か」
集金に伺ったお年寄りに体調不良を訴えられ、かかりつけ医へ。大事に至らず、帰宅までつきそい喜んでいただきました。いずれはわが身です。
(千葉市 志賀みどり 64歳)
(17日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
いつもは、子どもの「きいて きいて」ですが、今回は大人の「聞いて 聞いて」を取り上げました。
さて、12日(金)は地元の商工会が主催した、「ランチクルーズ」に参加しました。会費は一人2000円と格安だったので夫婦で申し込みました。参加者は73名とのことですが、後で聞くとランチ代込みで100万円の費用がかかったそうです。「ビアンカ」は、琵琶湖で最も大きい客船で、4階建ての構造になっていて一度は乗りたいなと思っていました。船内では、ランチ以外にもクイズやビンゴゲームをしたりして、あっと言う間に時間が過ぎました。参考までに、嫁さんはビンゴゲームで3000円の商品券が当たり、「元は取れたわ」と喜んでいました。(写真は、ビアンカから見た琵琶湖の光景ですが、浮かんでいる島は竹生島です)

休んでばかりで、すみません。
2018/10/14

「また若い命が絶たれました。16歳の女性の遺族はパワハラや働かせすぎが原因だったと所属していた会社を訴えました。「なぜ、そこまで追い込まれたのか、真実を知りたい」。今年の3月に自殺した大本萌景(ほのか)さんは松山市を拠点とするアイドルグループの一員でした。農業の魅力を伝えようと結成されたこのグループに入ったのは2年前。実際の農作業をしたり、イベントで農産物を販売したり。1月からはリーダーを務めていました。未成年にもかかわらず、早朝から深夜まで拘束されて過重な労働を強いられていた。脱退したいと伝えたら「次また寝ぼけた事を言い出したらマジでブン殴る」というメッセージをSNSで送られるなどパワハラ行為を受けたー。遺族はほかにも、亡くなる前日に代表取締役から電話で「辞めるなら1億円を払え」と言われたと主張しています。会社側はこうした行為はないと否定していますが、弁護団はいくつもの禁止事項や罰金まで科せられいたと。彼女のように地域で活動するアイドルの世界ではいま、事務所を訴えるケースが相次いでいます。不当な扱いや嫌がらせに対して。そういえば昔のアイドルたちは寝る間もないほどの過密スケジュールでした。かつては当たり前のように流されてきたことも、いまや通用しない時代に。旧態のなかで苦しみ、いまだ届かない声を救い上げるためにも、パワハラやセクハラとのたたかいを積み重ねていく。その一つ一つが、社会を前に進めることにつながります。」(14日付けしんぶん赤旗「潮流」より)「あかはた」に芸能記事が取り上げられるのは珍しいと思いますが、それだけ世間の関心が高いからでしょう。さて、今回の「件名」ですが、10日(水)は長女の帰省で、12日(金)は商工会主催の「ビアンカ・ランチクルージング」に参加し、昨日、13日(土)は孫の運動会を見るため草津市まで出かけて来ました。仕事をしている時間より、休んでいる方が多くなり、お客様に迷惑をかけていると思います。今日から気合を入れて頑張りたいと思いますが、休み疲れで体が動きません。(写真は、豊郷小学校の外観と、そこで遊ぶ園児たちです)

晴れの日が続きませんね。
2018/10/11

「わがまち ふるさと」「佐賀県 みやき町」「みやき町は佐賀県の東部に位置し、人口約2万5000人。豊かな平野部が広がり米麦の生産が主です。そのほかにもトマト、アスパラガス、イチゴ、タマネギなど農業が盛んな町です。千栗八幡宮では3月15日に「おかゆさん」という祭事があり、神殿に納めたおかゆのカビの出方を見て、その年の豊作を占います。カビの出た方角が豊作になるとされています。特産品では焼きものがあります。みやき町皿山(さらやま)の周辺の窯元で焼成される焼きものを白石焼(しらいしやき)と呼びます。昔から、有田が「西目の皿山」なら、「東目の皿山」は白石とまでいわれていました。他にも特産品では綾部のぼたもちが有名で祝いのぼたもちとして知られています。餅の上にたっぷりのあんこが敷き詰められています。また、5月中旬から7月中旬まで筑後川で獲れるエツは郷土料理として食べられます。景観で美しいのが天建寺橋です。1999年3月に完成した、みやき町と福岡県久留米市を結ぶ橋で、長さ426b。2基の橋脚(道路面からの高さ54b)。計80本のワイヤーで橋げたをつるした独特の作りになっています。(中尾純子町議)」。(11日付けしんぶん赤旗「地方・総合のページ」より)佐賀県は嫁さんの故郷なので、大概の地名は知っていましたが「みやき町」の事は初めて知りました。平成の大合併で町同市が合併し、旧町名を残さずまったく新しい町名になると分からなくなります。さて、昨日10日(水)はお休みを頂き、琵琶湖を時計回りに一周して来ました。生憎の雨模様で、どこかに立ち寄るには難しいかったのですが、豊郷町にあるウォーリスが建てた「旧豊郷小学校」行きました。前回来た時は中に入れなかったのですが、今は資料室や図書館lが出来ていて誰でも入れます。(写真は、ウサギとカメの競争をモチーフにしたもので、2階の部分ではウサギが眠っています)

体育の日は快晴です。
2018/10/08

「(アカハタ売るわれを夏蝶越えゆけり 母は故郷の田を打ちていむ)。没後35年を記念して、県立神奈川近代文学館(横浜市)で開催中の寺山修司展で、この短歌を見つけました。詩歌、演劇、映画、歌謡曲と幅広い分野で活躍した寺山修司(1935〜83)。彼は共産党員だったのか?と思いきや、そんな事実はなく、虚実ないまぜの作風が魅力の寺山ならではの表現でした。しかし10歳の時に青森大空襲で焼け出され、父がインドネシアで敗戦後に病死し、福岡の米軍基地へ出稼ぎに行く母と離れ離れになった少年に、変革の志が芽生えなかったとは言えません。(マッチ擦るつかのま海に霧ふかし 見捨つるほどの祖国はありや)。天皇のためと死んでいった人々の面影を背負い、国家に自分の命をかけることのむなしさと悲しみを詠んだこの歌は54年作。朝鮮戦争を経て日米安保体制の下、自衛隊が創設され、米軍基地の固定化が進んだ時代でした。67年に旗揚げした演劇実験室「天井桟敷」では、劇場から出て街中で芝居を打ち、観客参加型の演劇を展開。虚構と日常現実との間の境界線を取り除き、人と人、人と社会が出合う開かれた空間をつくり出す試みでした。絶筆となったエッセーの一節が印象的です。「私は肝硬変で死ぬだろう。(中略)だが、だからと言って墓は建てて欲しくない。私の墓は、私のことばであれば、充分」。言葉が軽視され、もてあそばれている今、「血のかよった魂の告白」を目指した、その言葉を受け止めたい。」(8日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私たちより少し上の世代が影響を受けたのではないかと思われますが、名前は記憶しています。さて、あまり快晴の日が少なかった10月ですが、今日の体育の日は、晴れになる確率が100%だそうです。嫁さんは保育園の運動会に招待されていて、いそいそと出かけて行きました。(写真は、道の駅「越前」の建物と、人の姿が見えない海岸の景色です)

台風25号が接近中です。
2018/10/05

「ほっと」「ある日、娘と、あるコーヒー店でお昼を食べました。ふと隣を見ると、私と同じくらいの年の女性が1人で食事をしていました。その人が帰る時、目が合ったのであいさつしたら、「娘さんと一緒でいいですね。私はいつも1人なんですよ」と言って自分のことを話し始めました。弟が近くにいて、弟の子ども2人の食事の支度をしているそうです。手足が不自由だけど、リハビリだと思ってやっている、と。その人はシルバーカーを使っていました。「失礼ですけど、おいくつですか」と聞くと「93」。私も娘もびっくりしました。私も足腰が少し悪いので、ディサービスでリハビリをしています。私より大変なのに、がんばっている人がいる。私もがんばらなければと思いました。今日は良い日でした。(さいたま市緑区 杉浦 百合子 91歳)」(5日付けしんぶん赤旗「くらし・家庭」欄より)都会にいると気付きにくいですが、安曇川のような田舎ではシルバーカーを見るのは日常的な事です。ついこの間まで自転車に乗っていた方が、シルバーカーで来店される事が多くなりました。さて、台風25号が接近していますが、幸い北にずれそうで心配はなさそうです。(写真は、道の駅「越前」の空き地に咲いた花です)

勝って良かった沖縄知事選。
2018/10/02

「沖縄民謡の歌い手、古謝美佐子さんが坂本龍一さんと共作した「弥勒世果報(みらくるがふ)」。坂本さんの原曲を沖縄の言葉で歌い上げたなかに、こんな一節があります。「人ぬ秀(しゅ)らさ肝持(ちむむ)秀らさ 
肝心(ちむぐぐる)玉ぬ命 玉ぬ命」。ウチナーンチュの優しさや心の美しさは宝の命と同じ。他者の痛みに寄り添い、助け合うチムグクルの精神は今も沖縄の根底に流れています。「ひとりも取り残さない、チムグクルの政治を実現したい」。知事選のなかで玉城デニーさんは何度も口にしました。辺野古反対の断固とした決意とともに、その訴えは県民の心を結びました。悪天候にもかかわらず過去最多の得票で当選。若者たちと喜びの舞いを踊り、子を抱く女性とハイタッチする姿は、掲げた新時代沖縄の到来を感じさせました。市民との集いでギターを手にロックを熱唱し、人びとのもとに気さくに飛び込んでいく。戦後の沖縄を背負いながら、明るくたくましい生き方に共感の輪が広がりました。安倍政権あげての激烈な選挙戦でまたも明快な民意を示した「オール沖縄」。しかし政府は新基地建設に「変わりはない」と。どれだけ国民を見下ろし、民主主義を軽んじるのか。住民の反対をよそに、きのうオスプレイが横田基地に正式配備されました。「「マキテェーナィビランドー(負けてはいけません)」。命を削ってたたかった翁長前知事の遺志をうけつぎ、誇りある豊かな未来に道を切り開いたデニーさんと沖縄県民。それは全国に勇気と励ましをもたらしました。」(2日付けしんぶん赤旗「潮流」より)選挙の結果を心配していましたが、8万票の大差をつけての快勝に拍手を送りたいです。(パチパチ)それにしても、本土の事を「ヤマト」と呼ぶとは知らなく、それほど反骨の歴史が深いのだと感じました。さて、2週続けて台風24号が上陸しましたが、幸い台風21号に比べて被害はほとんどありませんでした。おばあちゃん(母親)と嫁さんは、前回の台風の怖さがあり、早々と避難所(公民館)に避難しました。私は、「死ぬ時はどこでも一緒」と思い自宅で過ごしました。翌朝、帰って来た二人は、「やかましくて、一睡も出来なかった」とぼやき、朝が来たのにベッドに横になっていました。(写真は、越前海岸の「さかなや」に並べられた多種の近海で獲れた魚たちです)

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