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都議選の結果は残念でした。
2025/06/25

「そば屋のランチ天ざるののり」「東京都 本宮 輝美(69歳)」「久しぶりに元同僚と、そば屋のランチ。前回いつもの天ざるを注文したら、「のりはかけますか」と聞かれたので「は?はい!」と返事。会計時、計算が合わない。のり代100円プラスされていた。え!?確かに、ざるそばとでは、のりの有無で値段が違うけど・・・。お店も物価高の苦肉の策かな。でもパラパラのりに100円は出せない。今回は「のりはかけない」と言うおうと思いながらメニューを見たら値上げ。「のりかけますか?」も聞かず、出された天ざるにのりはかかっていませんでした。」
「子3人連れて忙しかった頃」「北海道・芽室町 渡辺 紫(76歳)」「地域訪問のとき、背負子(しょいこ)に1人、両手に2人の手を引いて歩いていました。「3人育てるの大変でしょう」と声をかけられましたが、楽しい日々。でも思えばいつも連れさんや新日本婦人の会のみなさんが支えていてくれました。「今日はどこのおばちゃんの家でお留守番」と聞く子どもたちでした。今、5歳の孫にゆったりと向きあう長男夫婦を見ながら、私には余裕がなかったなあ〜と。でも食べることだけはこだわってきた子育て。エンゲル係数は高めでしたが、何とかしのぎました。「お母さんはいつも忙しそうにしてたけど、ご飯を作って待っていると思ったら、帰らなきゃと思ったんだよ」と末息子。いじめ、不登校、ひきこもりも経験しながらの子どもの言葉に”子育ては親育て”だとウルウル。今は”ゆかりしゃん、大人なんだからちゃんとしなさい”。5歳のジョウに育てられています。」
(25日付けしんぶん赤旗「読者の広場」)
 わが家でも障害のある長女を見ながら、長男の子守をしていました。今、考えると良くできたなと思いますが、若かったから乗り越えられたのでしょうね。さて、暑い日が続いたり、大雨が降ったりで、今年の梅雨は少し変ですね。来週はまた、暑い日が戻って来るとかで、梅雨明けになるとの話もあります。「写真は、今年も元気にえさを追い求めているヤモリ君?です」

今日から梅雨が戻って来ます。
2025/06/22

「亡き友からの都議選の募金」「東京・大田区 石井 恵美子(78歳)」「5月に逝去した友人から現金書留が届いた。ン?と思いながら開封。お金とともに娘さんからの手紙が入っていた。「この(募金の入った)封筒がひょっこり出て来て母が『都議選のカンパしなきゃね』と言っていたのを思い出しました。間に合って良かったです」と書いてあった。共産党一筋にガッバッていた友人だった。病床にあってもいつも応援しているわという熱い思いに思わず封筒を抱きしめて号泣してしまった。都議選必勝、藤田りょうこ必勝、共産党躍進のために力を尽くす!決意をさらに強くした。」
「みんなでお茶活動の励みに」「大阪・大東市 大西 靖子(60歳9」「憲法記念日の5月3日、「野崎参り」の落語で有名な野崎観音(慈眼寺)で、新日本婦人の会の平和の署名行動があった。年に一度の祭りで参道に屋台も並びにぎわう。人混みの中を進み、約150段の階段に息を切らし、たどり着いた所が署名の場所。署名行動を終え、次は扇町公園での総がかり行動の集会へ、電車で移動。いい天気なのはいいけれど、日差しがきつくて焼け焦げそうに暑かった。帰りにみんなでお茶をする予定になっている。それを励みに、きつい階段も熱い日差しの中も頑張った。ぐちや悩みや笑い話ができる仲間がいるから、なんとか頑張れる。この日は阪神も快勝、全くもって言うことなし。」
(22日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
 「野崎参り」は、私が生まれた地元の祭りで、一年間楽しみしていました。当時は屋台や出店もあり、少ないお便づかいを持って出かけました。いまだに印象に残っているのは「ひよこ釣り」で、釣れたひよこを持ち帰り育てたものです。残念ながら数日で亡くなり、大きくなったのは1〜2羽だったと記憶しています。さて、今日から「梅雨」が戻って来て、雨模様になるそうです。連日の猛暑で田んぼの水も少なくなり、恵みの雨になりそうです。「写真は、昨年の我が家にあるサルスベリの花ですが、今年はまだ咲いていません」

連日、猛暑が続いています。
2025/06/19

「わがまち ふるさと」
「印南(いなみ)町は紀伊半島のほぼ中央に位置し、面積は約113平方`bと広く、御坊市、日高川町、みなべ町に隣接しています。海岸線は年を通じて暖かく、山間部は冬は非常に寒く地域によっても気候も大きく違います。何回かの合併を繰り返し、1959年に現在の印南町ができました。印南町は1888年から栽培が始められた「真妻ワサビ」の発祥の地となっています。またかつお節の製法を昔の漁民が全国に伝えたとされる、かつお節発祥の地でもあります。おもな産業は農業です。「農業立地」と言われ、たくさんの特産物があるのも大きな特徴です。キヌサヤ、ウスイエンドウ、小玉スイカ、ミニトマト、千両など。水産業ではイサキが有名です。京阪神を中心に渡船で釣りに来る人でにぎわい、釣りの「聖地」になっています。印南町は熊野古道の巡礼地として有名な切目王子があり、多くの方が訪れ国の重要文化財として認定されています。海岸線から2級河川である切目川に沿って車で約30分の場所には川又観音と菱の滝があり、この滝の水をつくっている山にはここにしか生息していない樹木がありますが、この環境を破壊する巨大風力発電建設計画があり、住民運動がとりくまれてきました。(榎本一平町議)」
(19日付けしんぶん赤旗「地域発」欄より)
 先日、友人と「クエ」を食べに行ったのがこの近くで、自然の豊かさが伝わって来ました。ただそれだけでは町を維持するのは難しく大きな課題でもあります。さて、昨日は、大昔に一緒に働いていた「沖電気」時代の友人が訪ねて来ました。実に30年ぶりの再会で、お互いにあまり変化もなくすぐに分かりました。地元の「白髭神社」を訪ね、昼食後に行きたいと思っていたという「比叡山延暦寺」まで送り届け、30年後の再会?を誓って別れました。」「写真は、続・四津川の三和漁港の景色です」

都議選の応援に革命休暇だ。
2025/06/16

「生きて帰って朝ドラの叫び」「福井市 村井 慶三(84歳)」「NHKの朝ドラ「あんぱん」から目が離せない。6日の放送では嵩の出征時に毒母のように見えた母・登美子が憲兵に制止されながらも「ひきょうだと思われてもいい!何をしてもいいから!生きて、帰ってきなさい」と叫ぶ姿に胸が熱くなった。以前、県立図書館で戦時中の『福井新聞』1945(昭和20)年4月30日付を読んで驚いたことがある。「勇士にこの母あり」と大見出しをつけて「ふさのさんはたった一人の男の子だが本人の志望を容れて海兵として前線に送った、かくて正夫少尉は…昨年十一月二十一日比島上空にて敵機に体当たり散華した」「この母は愛児の悲報に動揺の色すら見せず、ただ一言”よくやった”とにっこり微笑んで相変わらず荒田起こしを続けた」とあった。戦死を美化し、戦争批判を弾圧して侵略戦争がすすめられた。暗黒社会の再現を絶対許してはならないという思いを強くしている。」
「じっくり集金政治を語らう」「兵庫県 佐藤 猪子(65歳)」「こちらに来てはや3年。党の人以外に”政治の話ができる人と友達になりたい”と思っていた私。「赤旗」の集金を依頼され、「お変わりありませんか? お困りごとは?」などのあいさつを続けるうち、「兵庫県知事、どうやったら辞めてもらえるん?」「同じことを主張しているように思えるけど、れいわと共産党の違いは何?」と質問していただけるようになった。「いいかげんなことは言えないので、勉強してお返事しますね」と答えることも多い。私にとっても刺激になっている。ロビーの椅子に座り、必ず30分以上話し込んでくれる方が2人。「共産党はもっと宣伝頑張ってもらわんと!」などお叱りを受けることも。そんな時は「〇〇さんが、党に入ってくれたらどんなに力強いか!」と入党のお誘いをさらりとしている自分に驚く。念願の”政治の話ができる友達”ができた。」
(16日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
 なかなか、政治の話を話題にするのは難しいことです。我が家では、嫁さんが議員をしている関係で、お店にも相談に来られることがあります。そんな時は、相談事をお聞きし後日連絡するようにしています。さて、梅雨に入ったとたんに今日からは高温になるとのお話です。気の早い予報では、梅雨が明けるような話ですが、それでは夏の水不足が心配です。題名の「革命休暇」は今は死語で、かつてはそう言って休暇を取り選挙の応援をしたそうです。「写真は、久しぶりに訪れた四津川地区の三和漁港ですが、人気が無く静かな景色でした」

梅雨の中休みでしょうか?
2025/06/13

「ほっと」
「今年も、タケノコのシーズンが終わりました。姉ちゃんが道の駅で朝掘りを買ってきてくれて、タケノコご飯、若竹煮、木の芽あえ、天ぷら、若竹汁のフルコースを作ってくれました。私のお父ちゃんはタケノコが大好きで、シーズンになると毎日のように食卓にのぼりました。お父ちゃんのはゴリゴリした節のところがとくに好きでした。幼い私は「またタケノコか」と、うんざりしていました。しかし、年を重ねるにつれ、姉ちゃんも私もタケノコが大好きになりました。姉ちゃんはシーズンになると何度もタケノコ料理を作ってくれます。不思議なことにその味付けはお母ちゃんの味付けと全く同じです。できな若竹煮は、お父ちゃんとお母ちゃんの写真にお供えしていました。来年もおいいしいタケノコを食べられますように。
(大阪府 若葉 萌 64歳)」
(13日付けしんぶん赤旗「くらし・家庭」欄より)
 私も、タケノコは大好物ですが、自分で採ることはなく、ほとんどが貰い物です。中には料理済の頂き物もあります。以前は、「破竹(はちく)」という細いタケノコもありましたが、今は採る人もなく大きくなって笹になります。さて、梅雨に入り雨が続くのかと思っていたのが、しばらくは晴天が続くとかで梅雨の中休みでしょうか?「写真は、昨年に訪れた「泰澄の杜」ですが、お客も少なく静かに入浴出来ました」

一日遅れの店長日記A。
2025/06/10

「結婚はしたい人だけがする嗜好(しこう)品。子どもはブランドものみたいなぜいたく品。いつからか、こんなたとえが若い世代の間でかわされるようになりました。男性の4人に1人、女性の7人に1人が未婚といわれる今の日本。少子化はとまらず、想定を上回るベースで加速しています。先日公表された国の調査では昨年の出生数は初めて70万人を割り、出生率も1・15と過去最低に。一方で亡くなった人は過去最多の160万人超となり、およそ92万人の自然減は過去最大でした。出生数はすべての都道府県で減少傾向がつづき、ピーク時と比べると4分の1近くまで減っています。国全体が縮んでいく現実。その理由として林官房長官は、経済的な不安定さや仕事と子育ての両立の難しさなど、結婚や出生を阻むさまざまな要因が絡み合っていると話しました。異次元の少子化対策を掲げながら、抜本的な改革には何も手をつけてこなかった反省もなしに。いまSNS上で共産党の田村委員長の会見が拡散されています。「人口減少をもたらした政治にものすごい怒りをもっている」。教育費の重い負担や不登校の急増、長時間労働や非正規雇用の拡大ー。子どもを産むことが不安、希望がもてない社会をつくってしまった自民党政治に対して。人生設計は個人の自由、個人の選択であって、若い世代に結婚や出産を迫るような政策はやってはいけないとも。生きづらい社会にした政治を転換し、一人ひとりが幸せな人生を描けるような国に変えようと。」
(10日付けしんぶん赤旗「潮流」より)
 私たちが結婚した頃は、子どもが生まれるのは当然でした。また、夫婦共稼ぎからシングルの収入になっても、何とかやりくりしました。今は、それも出来ない世の中になっているのでしょうか?さて、近畿地方も昨日に「梅雨入り」し、今日は雨模様の天気です。九州地方では、大荒れの天気となっていて災害が発生したいか心配です。「写真は、昨年に訪れた「鞠山・海釣り公園」ですが、工事中のためにフェリーふ頭から撮影した新日本海フェリーです」

今日は暑くなるとの予報です。
2025/06/06

「新潟の水俣病苦しみが続く」「新潟市 和田多恵子(介護福祉士 79歳)「最初は「奇病」と言われた。入院した弟に栄養をつけさせてやりたいと、病床に刺し身を選んだ兄がいた。昔からの大切なたんぱく源の川魚を食べることのどこに罪があるだろう。新潟県の阿賀野川上流でたれ流されたメチル水銀が魚を汚染し、食べた人々が有機水銀中毒を発症した。胎盤は毒物を通さないとされてきた医学の常識を覆し、メチル水銀は胎児を侵した。1956年に熊本の水俣湾産の魚介を原因とする水俣病が発見されたのに、企業も行政も原因物質を公表せず、水俣で犠牲者を増やし新潟で弟2の水俣病をひきおこし、1965年に新潟水俣病と発表された。原因特定は1968年、利益のために命をないがしろにした企業も、放置した国も県も加害者である。新潟水俣病が公式確認されてから60年。被害者の悲惨を、加害者の非道を、繰り返してはならないと改めて強く思う。今もメチル水銀中毒症の苦しみが続き、裁判を続けている人がいることを忘れないでほしい。」
「自民農政ではコメが食えない」「埼玉・熊谷市 高橋 春美(76歳)」「小泉進次郎新農水相の試食風景など、テレビに映らない日がないくらい連日連夜の取り上げ方です。ところが「コメ作ってメシ食えない」という自民党農政の失政を取り上げるメディアは皆無。備蓄米を随意契約にして5`2000円台にしても、誰でも買えるわけではありません。これまでの減反政策でコメの総量が少ないのだから、庶民のコメはせいぜい備蓄止まりです。小泉氏の起用は都議選や参議院選挙を見据えたものだろうとうわさされています。知り合いの米農家さんも「コメを作れば作るほど赤字が増える」と言っています。安く手に入るのは助かります。しかし、作り手がいなくなれば品薄状態になり再び価格高騰を引き起こすのではないでしょうか。江藤拓前農相の「コメは買ったことがない」発言は論外としても、自民党政治では大なり小なりではないでしょうか。」
(6日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
 ここ安曇川では、JAの直営店である「エーコープ」にもコメが並んでいないと嫁さんが言っていました。また、備蓄米も「コンビニ」には、まだ並んでいないので買うことが出来ない様です。テレビで報道されているように「全国津々浦」というのは嘘ではないのかと思いたくなります。さて、気温が上がらず肌寒い日が続いていますが、ようやく今日は30℃越えになると予報が伝えていました。なかなか、半袖の出番がなく、今日も長袖で過ごしています。「写真は、昨年の演説会での光景ですが上手く撮れませんでした」

なかなか暑くなりませんね。
2025/06/03

「日本国際博覧会協会が「赤旗」に対して大阪・関西万博の閉幕(10月)まであらゆる取材ができる「関係者入場証(AD証)を発行しました。発行を求めて1年余、万博会場への取材者としての入場を認めなかった暴挙を撤回させました。「どんどん取材して白日の下にさらして」「声をあげれば変わるんですね」と喜びの声。言論抑圧を許さず、国民の知る権利を守る上でも重要な前進です。協会は多額の税金を使っており「みなし公務員」として公平・公正に運営する責務があります。国会では辰巳幸太郎衆院議員の質問に教会を所管する経済産業省も説明できず、排除の論理は破綻しました。愛知万博でも政府官庁・自治体でも取材が認められる「赤旗」をなぜ排除するのか。協会が「取材は案内したメディアだけ」と明言した通り,意に沿わない報道を排除し「不都合な真実」を書かせないため。「いのち輝く」という美名に隠れて、カジノ施設のインフラ整備を万博に便乗して税金でやるためー。「赤旗」が真実を書いてきたからです。しかし、こうした報道があったからこそ、メタンガス問題でも測定や換気の強化などの改善につながりました。指摘や批判の排除は改善の機会を閉ざす愚かな行為です。ガス爆発の危険、来場者の低迷と赤字の恐れ、ユスリカの大量発生、「いのち輝く」に反する喫煙所設置など、深刻な矛盾・問題に直面している万博。「忖度(そんたく)せず頑張ってほしい」ー期待と応援に支えられ真実の報道を続けていきます。」
(3日付けしんぶん赤旗「潮流」より)
 万博に行くのは遠方の方が多いようで、先日も横浜に在住の友人が「息子夫婦が行って来た」と電話で話していました。我が家の長男宅も「ダイキン」から切符をもらったので行って来ると話していました。さて、6月に入り、寒い?日が続いていますが、例年はどうだったのか判断が付きかねています。水田に植えられた稲も大木ならず、植えた時のまま時間だけが過ぎて行きます。「写真は、続近所の庭に咲いたアジサイの花です」

5月も終わりですね。
2025/05/31

「備蓄米の放出不安いっぱい」「愛知・春日井市 村井 一氏(85歳)」「コメの価格高騰が大問題になっている。小泉進次郎農林水産相にかわって、備蓄米の随意契約による放出と、小売価格5`で2000円を実現すると言い出した。そして大手企業が契約すると名乗りを上げている。米価が下がるのはありがたいことだが、小売りを大手企業が独占することにならないか。街の小さな小売り業者はこれからどうなるのか、生産者に対する支払い価格はどうなるのか、これからの小売価格は大丈夫なのか。などなど疑問と不安は拡大するばかりだ。ぜひこの問題点を明らかにし、理解をするために解説していただきたい。」
「彼女が残した畑に花が咲く」「和歌山・海南市 橋爪美津子(82歳)」「昨年の12月、近所の知り合いの女性が亡くなったと聞いた。私の家の裏に300坪ほどの畑を持っていた。トマト、キュウリ、カボチャ、トウモロコシ、そのいくらかをいただいたこともある。イノシシやアナグマなどによる被害が出てきたときには、2人で市役所へ行き、捕獲用のわなを借りて仕掛けたこともある。アナグマはスイカが好きと聞いてスイカを餌にしたら、アナグマがかかった。しかしアナグマは在来種であり、許可なく駆除してはいけない。近くの山に放した。彼女は畑仕事を夜までやり、夕刻に私が家の雨戸を閉めるのが気の毒なくらい遅くまで働いた。夫さんが亡くなってからは一人で畑を守った。畑仕事は子どもたちにはさせず、できた作物をあげるばかりであったように思う。農家の女性の生活は大変だと思う。今その畑に、花ショウブが美しく咲いている。畑のそばを散歩するたびに彼女に思いが及ぶ。」
(31日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
 5月は31日まであるので、少し長い気はしましたが、それも今日で終わります。6月に入ると、「梅雨」のように雨の日が続くのでしょうか?そう言えば、「ホタル」の飛び交う姿が見られるので、それも楽しみであります。「写真は、近所のお庭に咲いたアジサイの花です」

寒い日が続き厚着をしています。
2025/05/28

「ほっと」
「母は97歳で天寿を全うしました。花や野菜作りが大好きで、道路沿いに10個のプランターを置いて、花を植えていました。「花や野菜は手をかければかけるだけ、きれいな花や、おいしい実になってくれる。子育ては、そうはいかない」と、ぼやいていた母。冬には寒さに強いパンジーやビオラ、夏には暑さに強いポーチュラカを育てていました。体が弱って土いじりができなくなってからは、私が引き継いでいました。先日、水やりをしていると、通りすがりの人が「いつも、ここを通るときに花を見るのを楽しみにさせてもらっています。私は、この花が一番好きです」と指し示したのは、私も一番好きな紫色のビオラでした。通りすがりの人の癒しとなっているのであれば幸いです。”母からの贈り物”であるこの花たちを、今後も育てていきたいと思っています。
(大分県中津市 恩塚 和子 67歳)」
(28日付けしんぶん赤旗「くらし・家庭」欄より)
 私の嫁さんも、時間がないのに玄関付近にプランターを植えています。普段はなかなか目に映ることはないのですが、時々ゆっくりと眺めると良いものです。さて、ここ2〜3日は、急に気温が下がり、また長袖を出して来ました。農家の方によると、田植え後の稲が成長せずこのままでは収穫に影響するのではないかと心配されていました。「写真は、近所のお庭に咲いたお花ですが、綺麗なので心を動かされました」

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