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明日から雪が降る予想です。
2019/02/07

「わがまち ふるさと」「宮城県・亘理町」「宮城県の南東部にある亘理(わたり)町は、仙台市から南へ約26`bにあり、東に太平洋、西に阿武隈高地、北は阿武隈川に囲まれた自然豊かな地です。阿武隈川の由来ともいわれる、安福河伯(あふくかはく)神社があります。独眼竜と呼ばれた伊達政宗公の片腕であった戦国武将、伊達成美公が礎を築いた城下町で、歴史あふれる町です。気候は冬でも温暖なところから、「東北の湘南」とも呼ばれサーファーの人気スポットでもあります。農漁業の街であり、サケの炊きこみご飯に、はらこ(いくら)をのせた「はらこ飯」の季節には店頭に長蛇の列ができるほどです。東北一の産地としてのイチゴが、東日本大震災で壊滅的な打撃を受けました。今年で8年を迎えますが、国の補助も得て「いちご団地」をつくり、再生してきました。復興のために共産党のボランティアをはじめ多くの方々の援助に感謝したいと、イチゴ農家の方は言います。歴史、民話などの文化遺跡に海の幸山の幸、太平洋を一望できる「わたり温泉鳥の海」も宿泊施設として再開しました。町は今後、自転車を利用したレンタサイクル観光に力を入れる予定。私も、共産党議員として、今後も復興に取り組んでいきます。「みなさん、亘理町に来てけさいん」。(大槻和弘町議)」(7日付けしんぶん赤旗「地方・総合のページ」より)東日本大震災から、8年経過してどの程度復興出来たのか気がかりなところです。さて、昨日6日(水)は、長女の帰省に合わせてお休みを頂き、岐阜県・揖斐川町の「藤橋の湯」に行って来ました。山間部の峠越えには雪が残っていて、一面真っ白でした。それでも、去年より少ないそうで、楽な冬だと地元の人が話していました。今日の天気予報では、明日8日(金)から、10日〜11日と雪の予報です。まあ、今年は大雪なる事はなさそうで、たいして危惧はしていません。(写真は、「藤橋の湯」の玄関付近と、駐車場に設置された大き看板と、あの山の向こうは福井県だと思われる高い山です)

暖かい節分でした。
2019/02/04

「高校や大学入試の季節です。目標に向かって猛勉強の人もいれば、進路が決まって一安心の人もいるでしょう。だれでもが保障されるべき教育を受ける権利。しかし希望しても学校に通えない子がいます。東京都の山田萌々香(ももか)さん(10)もその一人です。骨がもろく骨折を繰り返す難病で、たんを吸引する機械と人工呼吸器を使用しています。週3回、先生が自宅に来る訪問教育を受けています。東京では人工呼吸器を使っていると原則、学校には親の付き添いが必要です。萌々香さんの両親は共働きで付き添うことができません。母親の美樹さんは「学年が上がると学習量が増え内容も難しくなりますが、娘の授業は1日2時間だけ。これでは十分に学べません」と不安を訴えます。同世代の子との交流が少ないのも気がかりです。「本来は明るくおしゃべり好きなのに、普段接する機会がないため、たまに他の子と一緒に過ごしても、どうしていいかわからなくて・・・」。萌々香さんのように医療的ケアが必要な子は、10年前の2倍に増えました。学校への受け入れが困難な場合も多く、対策は急務です。美樹さんは「何度要望しても娘の状況は変わりません。4月から5年生ですが、先が見えない不安でいっぱいです」と言います。昨年医療的ケア児のコンクールで萌々香さんは訴えました。「がんばって勉強しますから、学校に行かせてください」。国や自治体は、切なる願いをどう聞いたか。その声にこたえる道を探るべきときです。」(4日付けしんぶん赤旗「潮流」より)さて、昨日は「日米合同演習反対・あいば野大集会」が今津の高島市民会館で開かれ300余名が参加したそうです。残念ながら膝の調子が悪く、デモ行進もあったので辞退しました。ちょうど雨が激しく降っていましたので、嫁さんはびしょびしょになって帰って来ました。夕食時には「恵方巻」を東北東に向けて食べましたが、良いことがあるようにと期待しています。(写真は、越前海岸で買った1束100円の水仙です)

今日で1月も終わりですね。
2019/01/31

「わがまち ふるさと」「香川県・まんのう町」「香川県の中南部にある、まんのう町は南に阿讃(あさん)山脈が広がっています。「平成の大合併」で満濃(まんのう)町と琴南(ことなみ)町、仲南(ちゅうなん)町が合併しました。カリンやヒマワリづくりが盛んな中山間地の町です。真言宗を広めた空海が改修させた満濃池。貯水量1540万d、日本最大のかんがい用ため池です。現在も仲多度津郡や善通寺市、丸亀市の水田を潤しています。池のそばにある満濃池森林公園は遊歩道や、野鳥観察小屋が整備され、満濃池の歴史を学ぶ施設もあります。香川は古来より水不足とのたたかいでした。佐文(さぶみ)地区の加茂神社に隔年で催される雨乞い踊り「綾子(あやこ)踊り」は国の重要無形民俗文化財に指定され、近世女歌舞伎の面影を今に残します。私は旧琴南町で生まれ育ちました。県境の横畑(よこはた)集落などに平家の落ち武者伝説が伝わり、平寿盛(すみもり)や孫らの墓も残ります。党の先輩議員が提案した自宅から町内の施設に利用できるデマンドタクシーは県内で最初に導入しました。75歳以上は通院用のタクシー無料券(年1万2000円分)もあり、拡充に向けて全力を尽くします。(小山直樹町議)」この間、大阪・大東市の紹介もありましたが、ちょうどこの店長日記の書く間だったので記載しませんでした。さて、気が付くと1月も今日で終わりになりましたが、なんと早かったことか。2月は日数も少ないので、もっと早く感じることでしょう。安曇川では1年を通して最も降雪量が多い時になりますが、膝が完全に治らず雪かきも苦痛になりそうです。(写真は、「道の駅越前」に立ち寄りましたが、カニを売店に見に行った嫁さんが手ぶらで帰って来ました。ベニズワイガニの大が6000円、ズワイガニ(越前カニ)は中で20000円、大なら30000円以上で手が出ないと嘆いて?いました)

積雪は10センチでした。
2019/01/28

「2月3日(日)日米合同演習反対・あいばの集会 13時半〜集会(15時〜デモ行進)高島市民会館(大ホール)(JR近江今津駅下車徒歩2分)「11月14日、あいば野演習場で自衛隊が発射した迫撃砲が国道303号を直撃し民間人が乗った車が損傷。あいば野では、3年前にも重機関銃弾が民家屋根を貫通する事件が起きています。安保法制の強行以降、海外での本格的な戦闘を想定し、訓練内容は激化、住民の命と安全が脅かされる異様な事態が続いています。12月18日、内部組織の自衛隊中部方面隊は、砲弾落下の原因は人為的ミスだったと調査結果を報告し19人を処分。年明け1月11日には、実弾射撃訓練再開を発表し、21日から迫撃砲を含めた実弾演習が再開されています。さらに、2月4日から、オスプレイを沖縄県以外に展開することを目的に、あいば野演習場で、事故頻発のオスプレイを使用した「日米合同演習」が発表されました。」「多くの抗議の声を無視して、実弾演習再開!4日から、事故頻発のオスプレイを使用して日米合同訓練を実施!もう黙ってはいられません!!!」(集会案内チラシより)まだ、事故の記憶が冷めやらぬうちに大規模な演習を始めるとは信じられません。時間の都合をつけてでも集会に参加したいと思いますが、みなさんも是非ご参加下さい。さて、26日(土)から降り出した雪は27日(日)の朝には10センチの積雪となり、痛い膝を引きずって久しぶりに雪かきを行いました。ただ、近所の声は「少なくて良かったね」「これくらいなら大したことないわ」とのお返事でした。聞くところによると、今回は南雪で、湖東の安土町などでは30センチも積もったそうです。(写真は、この日は波が高く大荒れの日本海の景色です)

明日は大雪の予報です。
2019/01/25

「とうとうラーメンの開発に乗り出しました。連続テレビ小説「まんぷく」の話。このドラマのモデルは、世界で初めて即席ラーメンをつくった安藤百福(ももふく)仁子(まさこ)夫婦です。ときは高度成長期。大量に生産できて、家庭でもすぐに食べられるよう、百福さんは五つの目標をたてました。おいしい、保存できる、調理が簡単、安い、衛生的。脳裏には、戦後の貧しい時期に見た寒さに震えながら闇市の屋台に並ぶ姿があったと仁子さんは語っています。(『チキンラーメンの女房』)もともと中国から伝わった麺料理が独自に進化したラーメン。大正の頃から各地にひろまり、庶民に愛されるようになったといいます。関東大震災ですべてを失った人たちが屋台を引き、それが全国に散らばったという説も。しかし、そのラーメンが街中や食卓から消えてしまいます。戦争です。統制下で外食はぜいたくとされ、小麦粉の入手も困難に。多くの店も閉店に追い込まれました。終戦後も飢えと食料不足がつづくなか、人びとは団結して声をあげます。「食糧メーデー」をはじめ、国民的な運動が盛り上がりが社会を動かしました。ラーメンも復活し、いまや国民食と呼ばれるようになり、世界にも普及しています。激動の時代を庶民とともに乗り越えてきたラーメン。いまも被災地などでは身も心も温まる光景があります。食べることは誰もが生きていくために欠かせません。寒い冬。一杯のぬくもりと、ありがたみを感じながら、いただきます。(25日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私も、このドラマを時々見ますが、正直にあまり面白いとは思いませんでした。さて、23日(水)は、長女の帰省に合わせて久しぶりに福井県・敦賀市から越前海岸に行って来ました。いつも立ち寄る「鞠山・海釣り公園」は閑散としていて、釣り人が退屈そうでした。「何が釣れますか?」とお聞きすると「朝から何も釣れませんわ」「第一、魚の姿が見えませんわ」とのお話でした。珍しく「新日本海フェリー」が敦賀湾から出て行くのをぼんやりと見る姿がありました。ところで、明日は大雪なると予報が出ていて、そうなれば開店休業になりそうです。(写真は、釣り人が少ない鞠山・海釣り公園と、白い船体が鮮やかな新日本海フェリーと、漁師さんが岸の近くでアワビやサザエを採っていました)

膝に水?が溜まりました。
2019/01/22

「病気があっても自由気ままに生きたいー。全身の筋肉が衰えていく進行性筋ジストロフィーの30代男性患者が、数十人のボランティアに支えられながら1人暮らしをする映画が話題です。「こんな夜更けにバナナかよ 愛(いと)しき実話」です。夜中2時すぎに「バナナ食べたい。買ってきて」と唐突に訴える。「新聞読む!めがねかける!背中かゆい!」。ボランティアの都合などお構いなく、自信の思いに任せて次々注文する姿はわがままに映ります。でもー。ボランティアから泊まりの予定を突然キャンセルされると、「一人じゃ寝返りもうてない」現実に直面します。身勝手な振舞いは、24時間介助が必要な人が自分らしく生きるための「命がけのわがまま」。ボランティアも本音でぶつかり合う関係を築いていきました。多くの障害者は、遠慮なく介助者に頼めるわけではありません。24歳の女性は、トイレ介助もタイミングを見計らい、母親やヘルパーが忙しそうだと声もかけられない。誰かと話そうとすると「言語障害んがあり、相手に伝わらないのでは」と先回りして母親が代弁してしまう。「自分の思いを表現することすら容易ではなかった」と支援する河村あゆみさん。ヘアメーク教室で、女性ら障害者が思いや願いを実現できるようにと取り組んでいます。おしゃれは自分らしさを探り自分つくりのプロセスだと。<自分で物事を選択し、どうしたいか決定する。そのために必要な支援を求める>障害者の自立につながる道です。」(22日付けしんぶん赤旗「潮流」より)さて、1週間ほど前から膝に違和感を覚え、近所の整形外科に受診しました。「とりあえずお薬を飲んでもらい様子をみましょう」と言われ帰って来ました。ところが、日ごとに悪くなり、痛みが伴うようになりました。こうなると、ズボンを履くのも、靴を履くのも苦痛ととなり、特に階段の上がり下りは地獄の思いです。2階の自室から1階のトイレまでが100メートル先に感じられました。やむえず再診を受け、膝の水?を抜いてもらいましたら、嘘のように痛みが止まりました。「先生、お金は貯まらないのに、こんなものが溜まるなんて最低ですね」と言うと、「思いどうりにならないのが人生ですね」と言われました。(写真は、昨年1月31日の店の周辺の景色です)

昨日の新年会は楽しかった。
2019/01/19

「イノセンス 冤罪弁護士」「日本系 午後10時〜」「有罪率99・9%という日本の刑事裁判。その中で被疑者の無実(イノセンス)を明らかにするため奮闘する若手弁護士、黒川拓(坂口健太郎)を描きます。脚本・古家和尚、演出・南雲聖一。黒川の人物設定がユニーク。法律事務所の物置に寝起きし整理に無頓着のマイペース人間(坂口がその雰囲気をよく出している)ですが、3年間で5件も逆転無罪を勝ち取ったすご腕だといいます。第1話は、保険金目当ての自宅放火を自白した阿蘇重雄(吉田栄作)の弁護です。拘置所での接見で否認した重雄。黒川は、乗り気でない新米弁護士の和倉楓(川口春奈)らと火災現場の調査や聞き込みを徹底します。裁判の焦点は火元。検察側は2階の子ども部屋(5年前死亡した息子が使用)に灯油をまいたと主張。木材の焼け方を鑑定した学者を証人に立てます。黒川は1階の焼けただれた石油ストーブを見てある行動に・・・。”えん罪弁護士”今村核氏を追ったNHKのドキュメンタリーを思い出します。そこでも火元が問題でした。「疑わしきは被告人の利益に」が刑事裁判の原則。2話目以降も注目です。(山本長春)」(19日付けしんぶん赤旗「試写室」より)最近のテレビ番組は、あきれるほど低俗で見る気になれませんが、久しぶりに良いドラマなので見てみたいと思います。さて、昨夜は今年初めて新年会を友人と二人だけで行いました。1軒目は近所のJJ(矢尾秀)で、2軒目はタクシーで移動して新旭町のスナック(ほほえみ)でカラオケを楽しみました。気が付くと午前0時になっていて、急いで嫁さんに迎えのお願いをしました。さすがに飲み過ぎたのか、今日は食欲がなく、お昼は暖かいお蕎麦にしました。(写真は、昨年1月16日に撮影した「鞠山・海釣り公園の景色です)

今年は雪が降りません。
2019/01/16

「あれは高校生の頃だったか。歴史の先生から一冊の本を勧められました。それが法隆寺は聖徳太子の怨霊を鎮めるための寺ではなかったかと主張した梅原猛さんの『隠された十字架』でした。説の成否よりも、常識や通説にとらわれない歴史の見方や文化を創造するおもしろさを感じてほしかったのでしょう。独自の視点で論じた「梅原日本学」は学界の枠をこえ、社会に大きな論争を巻き起こしました。学問とは発見ー。梅原さんが学生に講演したことがあります。「おかしなことをおかしいと思わなくては学問にはならない。子どものような心と、真理に対する誠実さと孤立する勇気、そして執念が独創的な仕事をつくる」(『少年の夢』)戦中派の最後の世代と口にしていたように20代での死を覚悟し、特攻隊にも志願しました。人間を不幸にする戦争体験が物事の本質を問う哲学の道を歩むきっかけになり、戦後一貫した「平和憲法を守れ」の姿勢につながりました。「九条の会」を呼びかけた一人として、人類が生き延びるための理想を守るために声をあが続けました。日本ペンクラブの会長として理念なき教育基本法の改悪を「あまりにも知性と品格を欠いている」と真っ向から批判したことも。つねに問題意識をもった発言には人類の未来にたいする希望が込められていました。「いまの時代は、きみたちに夢見ることを求めている」。梅原さんは自身の思いを若者たちに託します。「新しい文明をつくっていく大きな夢をもってほしい」。(16日付けしんぶん赤旗「潮流」より。)私の記憶が確かであれば?福井県・三方町にある「どきどき館」の名誉館長が梅原猛さんだと思います。さて、暖冬と言われているこの冬ですが、一度積雪がありましたが、その後は雨ばかりです。まだまだ油断はは出来ませんが、結構楽な生活をしています。(写真は、昨年のこの時期に降った雪景色です)

天理大が負けてしまいました。
2019/01/13

「全国大学ラグビー」「ラグビーの第55回全国選手権は12日、東京・秩父宮ラグビー場で決勝戦が行われ、明治大が天理大を22-17で破り、22大会ぶり13度目の優勝を遂げました。天理大は初優勝を逃しました。「ノーサイド」「決勝にふさわしい激しいぶつかり合い。選手たちは力を尽くした。互いの健闘をたたえ抱き合う。敗れたた天理大の選手たちも笑顔を見せた。明治大が粘り強い守備で勝利を引き寄せた。突破力に秀でた天理大の外国選手を低いタックルで足止めすると、2人、3人と囲んで倒した。密集への寄せが速く、何度もボールを奪う。倒れた選手がすぐに起き上がりプレーに戻ることを意識してきたという通り、陣形を整えるのも速かった。80分すぎ、自陣での相手ボールスクラムから攻められるも、パス落球で決着した。相手のミスは「守備で80分間、プレッシャー(重圧)をかけ続けたから」明治大主将のスクラムハーフ福田は胸を張った。トーナメントを勝ち上がりながら成長したと田中監督。勝つためには守備が大事だと「選手同士が理解し、取り組んだ結果」と話した。昨年の決勝は帝京大に1点及ばなかった。惜敗によって、本気で98日本一を目指す集団になったという。はっきりとした目標設定が意識を変えた。細やかな技術や意思疎通などを突き詰めていった。帝京大は科学的で強度の高い練習を早くから取り入れるなどして、9連覇した。他のチームも懸命に追いかけ、全体の水準が上がってきている。天理大をはじめ、敗れた面々は悔しさをばねにして来季に挑むだろう。激しい競争は大学ラグビーを盛り上げるとともに、層の薄さを指摘されている日本代表の底上げにもつながる。(佐藤恭輔)」(13日付けしんぶん赤旗「スポーツ」欄より)私の見方は「ノーサイド」の解説と違っていて、天理大の出来が悪すぎました。帝京大戦を100%としたら、60%くらいの出来で勢いが空回りしていました。@真っ先に目に着いたのは、ラインアウトでマイボールが取れなかっただけでなく、明治大に取られる場面が多すぎました。これでは、ラインアウトからの得意のモールが作れず、攻撃力が半減しました。(この時点で負けたかなと思いました。)Aスクラムも前半は押し込めたのに、後半にはほぼ互角になり優位に立てませんでした。B帝京大戦ではほとんど見られなかった、ハンドリングミスが見られて、チャンスをつぶしてしまいました。せっかくの初優勝が、自滅と言う形になり、悔しくてなりませんでした。ただ、帝京大の10連覇を阻んだ事は、関西の王者の面目を保てたと思います。(昨夜は、やけ酒をたくさん飲んでふて寝しました)さて、今日は高島市でも「成人式」が行われていて、嫁さんは今津町にある「高島文化会館」に出かけて行きました。(写真は、家から見える比良山系の山と、除雪の雪が残った空き地と、万両の実が鮮やかな近所のお庭です)

今朝は寒かったですね。
2019/01/10

「「原子力の最大の課題は社会的信頼の回復」。このテーマが国の審議会などで俎上(そじょう)に上がったのは一昨年ごろです。資料として、原発再稼働に関する新聞各社の世論調査の動向が示され、「賛成対反対は1対2」で「変わらない」とされました。その後も世論は再稼働反対が多数です。推進派が孤立するなかで、原発輸出で行き詰まる日立製作所の会長で経団連会長の中西宏明氏が、原発を続けるには国民的議論が必要だと述べたことが話題です。同氏は、昨年まで開催された経産相主催のエネルギー政策を検討する会合の委員でした。そこでも、原発メーカーの立場から国内の原発事業について「商売としては非常に厳しい」と発言していました。実際、同社が納入した原発は福島原発事故後1基も動いていません。海外についても「厳しい状況が来ている」「投資の手控えがものすごく出ている」と説明。「大胆な経営判断をしないと、なんとも立ち行かない状況にもう来ている」と語っていました。だったら撤退かというと、そんなことはなく、「原子力産業は始めたら100年やめられない」と。だから真正面から議論しようと、政治にもそれを求めました。どんな議論をしようというのかー同氏はこんなことを話していました。「原子力の議論を、そろそろ『好きだ、嫌いだ』というような観点で議論することから脱したい」。原発反対の世論を真正面から受けとめるつもりはないようです。社会的信頼の回復には程遠いと言わざるを得ません。」(10日付けしんぶん赤旗「潮流」より)福島原発事故の収束のメドもつかないのに、国民に新たな原発を受け入れられると思う判断が甘いですね。その上に、ソーラー発電や風力発電などの技術が進歩し、原発に代わるエネルギーとして確立しつつあり、もはや原発は不要だと思います。さて、今朝は霜が降り、田んぼの水たまりが氷りました。車のフロントガラスも真っ白で、動かすまで数分かかりました。幸い雪は降らず、余計なエネルギーは使わずに済みましたが、また燃費が悪くなるのではと心配しています。(写真は、4日に行った朽木・想い出の杜「てんくう」の雪景色です)

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