びわこマラソンを見ています。
2019/03/10
「ドキュメント’79」「復興ラグ大震災8年」日本系 深夜0時55分「テレビ岩手、宮城テレビ、福島中央テレビの3局が、東日本大震災後から続けてきた共同制作番組。8年目のテーマーは「ラグ」(ずれ)。被災者が願ってきた「復興」と現実の乖離(かいり)を、3県のそれぞれの被災者から映し出します。宮城県石巻市の漁師・甲谷強さんが住む集落は津波で流されましたが、新たに高台へ移転したのは24軒のうち5軒だけ。岩手県大槌町で「チァリカフェ」をオープンした内金崎大佑さんも。震災前の半分しか人が戻らず空き地だらけの町に顔を曇らせます。福島市の復興住宅で避難生活をおくる舛倉美咲さん(中学2年)一家の故郷は、原発事故で避難区域になった浪江町。その一部が解除されても、美咲さんは避難先で進学する予定です。復興の長期化で、避難先に生活基盤を移さざるを得ない事情がありました。被災者が望んでいるのは、元の当たり前の生活でした。「人が住めないままでは復興とはいえない」。90歳の今も若手漁師の育成を続ける甲谷さんの言葉が重く響きます。復興がオリンピックにすり替わっていく中、「ラグ」を埋める責任は政治にある、と痛感させられます。(佐藤研二)」(10日付けしんぶん赤旗「試写室」より)今日はあいにくの雨ですが、びわこマラソンをスタートから見ています。画面に見た事のある景色が流れると、親近感が湧きます。間もなくゴールですが、日本人選手の勝利をと期待しています。(写真は、南浜ぶどう園で買ったヒヤシンスの花が満開になりました)
毎日、雨がよく降りますね。
2019/03/07
「わがまち ふるさと」「熊本県・合志市」「熊本県合志(こうし)市は熊本市の北東部に位置し、総面積は53・19平方`b(東西約12`b、南北約8`b)で人口は6万2千人です。都市部、空港にもアクセスしやすく阿蘇山を一望できる風景があります。東洋経済新報社の「住みよさランキング2018」では総合評価で全国27位、安心度部門では全国1位です。市の中心部には、国立ハンセン病療養所の菊池恵楓(けいふう)園があり、ハンセン病を正しく理解するために九州各県や全国から数多くの人たちが研修に訪れます。熊本県農業カントリーパークがあり、年間を通して、バラまつりやマルシェ、植木市などが多くの入場者でにぎわいます。日本共産党が市議会で一貫して求めてきた中学3年生までの医療費無料化や小中学校の全教室へのエアコン設置が実現し、「子育てしやすいまち」「教育環境が充実している」まち」と他市から移住する人が増え続けています。西合志町と旧合志町が合併して以降人口が伸び続け、当時と比べて約1万人増えました。その一方で保育園や学童クラブの待機児童、高すぎる国保税、介護保険料など負担軽減を求める声も多く解決が急がれます。若い世代が輝き、お年寄りが安心できるまちづくりに取り組む決意です。(濱元幸一郎市議)」(7日付けしんぶん赤旗「地方・総合のページ」より)3月が終わるまで分かりませんが、「こんな雪の少ない年は初めてや」との声が聞かれます。昨晩、嫁さんに「そろそろ夏タイヤに交換しようか?」と聞いたら、「もう交換したで」との返事、どうやら膝を痛めていた私に期待せず行動したようです。(写真は、雨上がりの越前海岸の景色です)
今日は新聞休刊日です。
2019/03/04
「開いていてよかった。それを売り文句に、セブンーイレブンが日本に登場したのは45年前。東京の江東区に開いた豊洲店がフランチャイズの1号店です。その名の通り、はじめは朝7時から夜11時までの営業でした。しかし、いまや24時間365日が当たり前の不夜城に。便利さばかりが追い求められていくなか、そこで働く人たちの生活や権利は置き去りにされてきました。「人の命を大切にするのか、チェーンのイメージを大切にするのか、真剣に考えてほしい」。コンビニのオーナー(店主)たちが結成した労働組合「コンビニ加盟店ユニオン」が、セブンの本部に営業時間の短縮などについて話し合いに応じるよう要求しました。終夜営業は以前からオーナーに過重労働を強い、本部との契約を解除すれば、法外な違約金を請求されることが問題になってきました。最近では、連日16時間を超す勤務でやむえず営業時間を短縮した東大阪市のオーナーが1700万円もの違約金を求められました。昨年妻を亡くして従業員も不足していたというそのオーナーは、生命の危機さえ感じたと。実際、現場の人出不足は深刻で過労死寸前で倒れる店主や家族が相次いでいます。セブンだけで2万、全国各地に5万5千店以上もあるコンビニ。単に食品や日用品を扱うだけでなく、ATMや宅配便、行政サービスまで担い、社会に欠かせない存在になっています。地域の拠点での働き方を改善することは、私たちの生活を守ることにもつながります。」(3日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私の住む湖西地区でも、コンビニが出来たり潰れたりしていますが、とても儲かる商売ではなさそうです。売り上げの7割以上は本部に収め、残りの3割で人件費やリース代、電気代、さらにCMの加盟店負担金がかかります。私の知人がオーナーだった時、1億円の売り上げがありながら手取り額は400万に届きませんでした。まさに「現代版奴隷制度」だと言わざるを得ません。(写真は、雨に煙る鞠山・海釣り公園と、たくさんのカニが並んだ「まるさん」の魚屋です)
今日から3月ですね。
2019/03/01
「ほっと」「小正月の厄払い」「若いころ、小正月といえばバケツの取っ手が手にひっついてくるような厳寒の朝。もちをつき、赤や黄緑と色とりどりの、魚や大黒様の形をしたふなセンベイと、もちをつりさげ、居間に飾った。その夜、ワラを大きな束にして、体の悪いところを拭いた紙とともに燃やし、厄を払ったものである。近年は子どももいなくなり、年よりばかりで、この行事も休んでいたが、私の孫が中学生になるからと、近くのじいちぁんが急きょ孫のために準備をしてくれた。昔は子どももおとなも大勢でやったが、今年で終わりかと寂しくなった。孫には「春から中学がんばれ」と声をかけてもらい、「お互いに丈夫で生きよう」と話し、じいちぁんに感謝し、いい思い出ができうたなと帰る。孫にはワラの焼けるにおいとぬくもりをいつか思い出してほしい。(山形県川西町 須藤やゑ 78歳)」(1日付けしんぶん赤旗「くらし・家庭」欄より)昨日、28日(木)は、長女の帰省に合わせてお休みを頂き、敦賀市から越前市方面に出かけて来ました。何を勘違いしたのか、午前4時には起きて支度をしろと行動され、安曇川を午前7時に出発しました。こんなに早く出かけても施設がオープンしていないよと言っても、なかなか理解できず相談の結果、越前市の「しきぶ温泉・湯楽里」に行きました。ここは、宿泊施設もあるので午前8時には入場出来ました。お風呂から上がってもまだ午前10時半、いつもなら館内のレストランに行くのですが、午前11時オープンとなっていて、やむえず旧8号線を鯖江市方面に走り、「くら寿司」に入りました。それでも、まだ時刻は午前11時半、どうするか悩みながら越前海岸を目指しました。「そういえば、カニも今日で終わりやね」「結局、一度だけしか口に入らなかったね」などと話しながら、いつもの「まるさん・おさかなや」さんに立ち寄りました。相変わらず一匹10000円以上のカニには目も向けず、新しいカレイが4匹450円を買って来ました。(写真は、岡崎市にあるい岩津天神の鳥居と梅の花です)
春めいて来ましたね。
2019/02/25
「小惑星リュウグウの表面は大きな岩だらけでした。探査機はやぶさ2は、その困難を乗り越え22日、着陸に成功しました。ポイントは着地点を絞り込めたことです。当初の想定範囲は甲子園球場の広さ。岩のない場所に着地するため、直径6bのピッチャーマウンドの幅に狭めました。世界に類例のない着陸精度の高さが成功の背景にあります。その小惑星から約3・4憶㌖離れた地球。現実の甲子園のマウンドをめぐっても注目すべき動きがありました。日本高校野球連盟が有識者会議を立ち上げ、投手の障害予防の検討を始めると打ち出しました。昨年末新潟県高野連の決定がきっかけです。春季県大会で1試合につき100球に制限すると。「将来ある子どもたちが(故障で野球を)断念するケースが多い」が理由です。昨夏の甲子園で、秋田の金足農業・吉田輝星(こうせい)投手が6試合で881球を投げて心配されました。地方大会も含め投手酷使の現実はなくなりません。連投や疲労が故障を誘発するのは医学的に明らか。疲労を「常に感じている」なかで投げた場合、ひじを故障する危険は36倍にもなるとの報告があります。「高校生は自分では(球数)を制限できない。おとなが制限を設けてあげるのは大事なこと」とドジャースの前田健太投手。高校で痛みを抱え連投した経験があるだけに、その言葉は重い。宇宙分野の研究も進む時代。いつまでも医科学を踏まえない日本球界でいいのか。選手の健康第一の着地点が必要です。」(25日付けしんぶん赤旗「潮流」より)昨夜は、久しぶりに友人のK君と近所の居酒屋(矢尾秀)に行きました。その話題の中で「何で熱心にお墓参りに行かれるのですか?」「それは自分の存在を確認するためだ」と答えておきましたが、本当は大阪に遊びに行くチァンスを作るためだとは言えませんでした。今朝起きると穏やかで風もなく、どこからかヒバリの鳴く声が聞こえて来ました。「あー、もうすっかり春めいて来たな」と感じられる気候になりました。(写真は、八丁味噌のかくきゅうの見学コースです)
三河方面に日帰り旅行に行きました。A
2019/02/22
蒲郡市は、三河方面で最大のミカンの産地だそうで(私は知りませんでした)昼食を摂った場所も「オレンジパーク」と呼ばれる施設でした。この時期は、ミカンではなくイチゴ狩りが盛んだそうで、バスで御一緒だった数名が参加され、「満足だったわ」と話されていました。ここから、魚介類を買うため海のそばにある販売店に移動しましたが、あまり欲しいものがなかったので、海に遊ぶ「キンクロハジロ」を眺めていました。嫁さんは「タカアシガニ」が売られていたが数万円もしていたと感心していました。蒲郡市を後にして岡崎市に入り、名古屋の味噌の代表である「八丁味噌」の「かくきゅう」で工場見学をしました。ここはNHK連続テレビ小説「純情きらり」のロケ地でもあり、当時の写真がパネルになっていました。昔からの味噌作りが再現されていて、その労働の大変さが伝わって来ました。最後に試飲?がありますが、関西人にはなじみがないので、食べる「金山寺味噌」を買い求めました。今回の行程の一番最後になる「岩津神社」に立ち寄り、皆さんは階段を上がりましたが、私は膝の痛みもあるので「梅の花」の撮影をして時間を潰しました。時刻はすでに午後4時になっていて、再び東名高速に乗り途中養老インターで休憩を取り、米原市から北陸道を経由して木之元インターで降りました。すでに午後6時を過ぎていて、すっかり暗くなった国道303号線をマキノ町を経由して今津町に戻って来たのは午後7時を過ぎていました。今回は、名所旧跡を巡る旅行ではなかったので、少し残念な気がしました。(写真は、昼食を摂った「オレンジパーク」と、平日なのにバスで満車の駐車場と、魚介類が売られていたお店ですが「食べる水族館」の幟が上がっていました)
三河方面に日帰り旅行に行きました。@
2019/02/19
嫁さんが、通信カタログで取引している「ベルーナ」と言う会社の優待旅行に応募して、18日(月)は三河方面に出かけて来ました。JR今津駅に午前6時半に集合との事で、起床は午前5時半で午前6時には今津に向けて出発しました。こんな時間に起きたのは何年ぶりだろうと思いながら暗い街を走りました。JR今津駅には観光バスが待っていて、手続き(旅費の支払い)を済ませて順次乗りましたが、顔見知りの方が数人いまいた。午前6時45分に出発、一路北陸道の木之元インターを目指しました。マキノ町の湖岸道路で、朝陽が登って来て少しづつ明るさが加わり、闇が薄れて行きました。本当は、朝飯も食べていなかったので何かほしいなと思いましたがその希望は叶いませんでした。乗客の8割は女性(おばちゃん)で、男性(おっちゃん)は2割と言う内容でした。北陸道から名神高速に乗り、関が原インターで一般道を走り、養老町にある「高木ミンク」と言う会社で製品の説明を受け工場見学しました。製品が格安で買えるとかの事でしたが、私は興味がなくまだ少し痛む膝の事もあり、待合室で時間を潰しました。しばらくして、嫁さんが戻って来ましたが、14万円のレザージャケットが欲しかったと言っていました。この旅行は気をつけないと、とんでもない買い物をするかもしれないと思いました。次の目的地は蒲郡市にある「海老せんべい」の直売所ですが、1時間ほど東名高速を走りました。現地に到着したのは、午前10時になっていましたが、ここは豊川市との境目になるそうです。「海老せんべい」と「蒲鉾とちくわ」の売店があり、私はどちらかと言うと、蒲鉾に興味がありました。自分で選んだ「蒲鉾3点1080円}を買い求め、しばし無料のコーヒータイムとしました。午前11時30分、本日の昼食予定地である「蒲郡オレンジパーク」で、本日の初めての食事にありつきました。それにしても、月曜日だと言うのに「観光バス」だらけで、最近は見かけることが少ないほどの光景でした。(写真は、養老の滝のポスターと高山祭りのポスターと海老せんべいと蒲鉾の直売店です)
それにしても雪が降りません。
2019/02/16
「こどもの ひとこと」
★成人の日って?★
4歳の孫娘が「成人の日ってなあに」と。「おとなになる日だよ」と教えたら、「おとなになりたくない」と言いだした。「どうして」「だっておとなになったら、おなかを切って赤ちゃんをうむんでしょ。痛いからイヤ」
(山室博 69歳 大阪・箕面市)
★どうも合わない★
節分の思い出。娘が2歳のころ、一緒に窓から豆をまきながら、声をそろえて「オニは〜そと!」と言うが、どうも合わない。よく聞いたら娘は「オニあ〜そび!」と。オニの面をかぶったり豆を当てたりする新種の遊びだと思ったみたい
(岡本誠 54歳 東京4・武蔵村山市)
★車窓から見えた★
車で出掛けた時、孫のジン(3歳)「あー富士山だ」。私「あの山は北岳って言うの、富士山みたいだねー」。ジン「ワー富士山がいっぱーい」
(鈴木佳子 山梨・笛吹市)
★その人見るなり★
40歳になる娘が保育園児の頃。ホームで電車を待っていると、すぐ隣のベンチで唐草模様の風呂敷に包んだ荷物を持った人がいました。娘はその人を見るなり指さし、響き渡る大きな声で一言。「あー!泥棒さんの荷物だぁー!」
(野口正夫 67歳 長野・原村)
★納得いかない?★
正月休みに1週間滞在した4年生の男の子。働いていない年金生活者の私たち夫婦に納得がいかない様子。「毎日何をしているの」。「ボランティアで忙しいんだよ」と答えると「ゴミ拾い?」
(富田節子 66歳 静岡市)
★6歳の誕生日に★
孫が6歳の誕生日に「おめでとう、大きくなったね」と言葉をかけると、「おばあちゃんは、むかしにうまれたのでしょう。そのころ、きょうりゅういた?」
(犬飼利枝 名古屋市)
雪が降らない方が、楽に決まっているのに来店するお客さんは「雪が降らないで楽やけど、このまま降らないのも心配やね」と話します。琵琶湖はラジエーターの役目をしていて、降雪量が少ないと水温が下がらず、夏の猛暑につながります。このままでは、今年の夏の事が心配されますが、先のことを考えても仕方がないかと思います。さて、余呉湖のワカサギ釣りが盛況らしいのですが、今年は驚くほどサイズが小さく網にもかからないそうですが、S先生が来られないのはそのせいかも知れません。(写真はんくう、道の駅「揖斐川」に建つ「徳山民族資料収納庫」と、道の駅「さかうち」の建物と、この日嫁さんが選んだ「天ぷらそば」です)
毎日、平凡に暮らしています。
2019/02/13
「来月で事故から8年になる東京電力福島第1原発。きょうにも2号機の原子炉格納容器の内部調査が実施されます。事故で溶け落ちた核燃料の性状を確認するためです。いまだにわかっていません。先月末に構内を取材した際、東電は、全面マスクや防護服を必要としない作業範囲が構内の96%に広がったと説明していました。道路の舗装などで放射性物質の飛散が少なくなったためだと。その中で事故処理にあたる作業員は1日4000人以上働いています。東電が公表した作業員アンケートは、「96%」という数字とは違う現実が見えてきます。放射線への不安を感じている人の理由を聞くと、半数弱が「将来の健康が不安」と回答しています。さらに第1原発で働くことに4割以上が不安を感じています。最も多い理由は「先の工事量が見えないため、いつまで働けるかわからない」「被ばくによる健康への影響」。「安定的な収入が保証されない」がそれに続きます。安心して働ける環境がなければ廃炉もままならないでしょう。増え続ける汚染水の問題もあります。今も毎日100〜150d発生し、1000dタンク1個分が1週間から10日でいっぱいになる計算です。すでに約110万d。東電は137万d分までしか計画を持ちません。周辺自治体の住民調査で「戻らない」「まだ帰還の判断がつかない」という人たちは、理由の一つに「原発の安全性に不安があるから」を挙げます。帰還を急ぐ安倍政権ですが、事故は何も終わったいません。」(13日付けしんぶん赤旗「潮流」より)気が付けば、2月も半分が終わろうとしていますが、毎日平凡に暮らしているからか本当に早く感じます。お客さんとの合言葉は、「雪が少なくて助かるね」「こんなに降らないのも気持ちがわるいね」と話していかれます。「これも、地球温暖化の影響でしょうか」と答えています。(写真は、長浜市・南浜ぶどう園から見た伊吹山と、施設の周辺の景色と、揖斐川町の道の駅「さかうち」の大きな看板です)
世間は三連休ですね。
2019/02/10
「「政府を批判しない新聞は存在する意味がない」。ワシントン・ポストの経営者だったキャサリン・グラハムさんの信条でした。彼女はウオーターゲート事件の報道にふみきり、時の大統領を辞任に追い込みました。政府を権力、新聞をメディアと置き換えてもいいでしょう。米国では昨年、トランプ大統領の会見をめぐり批判的な記者の記者証が取り上げられました。そのとき、政権と近い媒体も含め意義を唱え、記者の復帰を求めました。翻って日本はどうか。いまの権力の集中が進む官邸が会見の場から特定の記者を除こうとしています。事実を明らかにするための質問を封じ込めようと圧力をかけているのです。標的にされたのは東京新聞の望月衣塑子記者。これまでも官邸側の質問妨害や菅官房長官のバカにしたような答弁が続いています。新聞労連は偽った情報を用いて記者に「事実誤認」のレッテルを貼り、取材行為を制限しようとする行為は、ジャーナリズムと国民の知る権利に対する卑劣な攻撃だと。メディアが権力に屈すれば国民にどんな悲惨をもたらすか。それは歴史が示しています。とくに軍国政治と一体になって破滅に導いた日本の新聞は、その反省の上に歩んできたはずです。「ジグソーパズルを作るときのように、ひとつずつ真実を認めさせて、さらに裏を取っていく」。望月記者は自身の仕事を著書でそう語っています。権力の偽りや隠ぺい、メディアへの攻撃は連帯して対決していく。それもまた歴史の教訓です。」(10日付けしんぶん赤旗「潮流」より)さて、昨日9日(土)は親せきの伯母さんのメガネと補聴器の調整に京都・精華町まで行って来ました。京都駅で近鉄電車の乗り換えるのですが、ホームは大混雑で明らかに日本人ではない集団に出会いました。幸いその方たちは、奈良行きの特急で移動したようで車内で見かける事はありませんでした。精華町も住宅がどんどんと増えて、昔の面影はなくなりました。「この辺りでも坪30万円はするそうや」「片方では旧住宅の空き家が増えて自治会を維持するのが大変や」と従妹が語ってくれました。そんな話を聞くと、日本の住宅事情が変化しつつある事を感じました。帰路の夕方の午後6時には京都駅前で飲もうと旧友と約束をしていたので、急ぎました。話が盛り上がり、お別れしたのは午後10時前でした。午後11時半に安曇川駅に降り立つと、雨がみぞれに変わっていて、思わず寒さに震えました。(写真は、藤橋の湯で長女が頼んだ「エビフライ定食」と私が頼んだ「から揚げ定食」いずれも1100円でした)
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