被害が大きい能登半島地震。
2024/01/07
「竜は水をつかさどる神です。このため竜の伝説は湖や池にまつわるものが多い。自らの美しさと若さを永久に保ちたいと願って、竜に化身した田沢湖の辰子姫。竜になった八郎太郎がつくった八郎潟。壮大なスケールの伝説は作家の創作欲も刺激してきました。松谷みよ子の『龍の子太郎』で、太郎は母竜の背に乗って湖を干拓、広い土地を生み出します。元は長野県の伝説。「大地を生むことは、水を統(す)べる力を持つ竜だからこそ、でき得た」と、作者は24年前の辰年に本紙に寄稿しています。泉鏡花の戯曲「夜叉が池」も有名です。たびたび大水をおこした竜神が、山中の池に封じ込められていました。竜との約束で、山では昼夜に三度、一日も欠かさずに鐘をついていました。しかし、権勢を笠(かさ)に着た代議士のせいで鐘はつかれず、村は大水に飲み込まれてしまいます。夜叉ヶ池は福井県と岐阜県の県境近くにあり、いまも神秘的な水をたたえています。長野県の黒姫伝説では、怒った竜が四十八池の水を落として大洪水を起こしました。竜には人間の及ばない自然現象への恐怖と畏怖が仮託されています。うまく統御できれば豊かな実りをもたらします。一方、ひとたび人間が約束を破れば、途方もない災害が襲ってきます。巨大台風、集中豪雨などの異常気象は、人間の活動による温暖化が原因と言われます。人間のおごりが竜の怒りを呼んでいるのです。人間と自然の調和を取り戻し、竜を鎮めることができるかどうか。正念場です。」(7日付しんぶん赤旗「潮流」より)「夜叉が池」への道路標識は、福井県の今庄町にもありますし、岐阜県の揖斐川町にもあります。「夜叉が池」と言う名前は一度聞いたら忘れられない名前で、どこから来ているのか知りませんでしたが、今回の記事で泉鏡花の戯曲だと初めて知りました。さて、能登半島地震は、日が経つにつれて被害が大きくなり、一日も早い復旧が望まれます。特に水の復旧は待ったなしで、生活に欠かせないものだと思っています。「写真は、2日に行った越前市の「しきぶ温泉・湯楽里」の館内の景色です」
明けましておめでとうございます。
2024/01/04
「「魔の11分」。そんな用語がこの業界にはあるといいます。世界の航空機事故のおよそ7割が離陸時の3分と着陸時の8分に集中していることから、そう呼ばれています。2日、羽田空港で起きた日本航空機と海上保安庁の航空機の衝突。着陸の日航機はほぼ満席でしたが、炎上する中を乗客全員が脱出を果たしました。まさに危機一髪でした。一方、滑走路上にいた海保機の乗員6人のうち5人が亡くなり、1人は重傷を負っています。この機は前日に発生した能登半島地震の救援物資を運ぶため、新潟に向かおうとしていました。そのことが、痛ましさをいっそう募らせます。まだ原因は不明ですが、昨年も羽田空港では誘導路で航空機同士が接触し、翼の一部を損傷しています。国際線の導入が進んだことで過密状態にあるといわれる空港。4本ある滑走路は井桁状に組まれ同時着陸も可能で、管制業務はとても複雑だと専門家は指摘しています。今回の経過を解明するとともに、こうした背景にも目を向けることが事故の再発防止には必要ではないのか。ありえないことが起きてしまった現実とむきあい、安全第一を軸にすえた検証が求められます。それにしても、なんという年明けか。能登の地震では今も余震が続き、死者は増え、多くが助けを待っています。空の便は欠航が相次ぎUターンの足に深刻な影響が出ています。いつ、どこで、何が起きるかー。被災者や事故にあった人びとに心をよせあう、緊迫感漂う新年です。」(4日付しんぶん赤旗「潮流」より) 1日の地震は、高島市で震度4ありましたが想像以上に揺れたので怖かったです。震源地が能登半島と知り、何年か前の震災後、輪島市を訪ねてその被害の大きさを知りました。被害が大きくならなければ良いなと思っていたら、羽田空港での事故が写り、これまた驚きました。それを見ていた母親が、「なんか正月そうそう荒れる年やな」とつぶやいていました。「写真は、今年も安曇川町・川島地区に訪れた「コハクチョウ」の群れですが、なかなか愛くるしいの是非見に来てください」
みなさん、良い年をお迎え下さい。
2023/12/31
「「これほどひどい、人道危機はみたことがない」。国際機関で長く支援活動に携わる人たちが、口をそろえるそうです。それほど、ガザの状況は悪化の一途をたどっています。日々積み重なっていく犠牲者の数。人口の9割超が避難民となり、南部では避難所も家も道路も人であふれ安全な場所はひとつもない。家族6人に1・5gの水と二つの缶詰。それが1日分のすべてだと。ネット番組「とことん共産党」で、国連パレスチナ難民救済事業機関の保健局長、清田明宏さんが伝えていました。見境のないイスラエル軍の攻撃に脅かされいる命の危険を何とかしたい。悲痛な思いがひしひしと。2023年が暮れてゆきます。心痛み、暗く重たい気持ちを引きずったまま。ロシアによる侵略がやまないウクライナもまた。なんという人間の愚かしさ。どこに光明を見だせばいいのか。人びとはさまよっています。大国が作りだす対立のなかで世界の流れは鮮明です。国連総会はガザ即時停戦を求める決議を、加盟国の8割にあたる153カ国の賛成で採択。戦争やめよの意思をはっきりと示しました。それに呼応するように、若者をはじめ平和を訴える声が各地であがっています。国内では政権与党の国会議員の強制捜査や聴取が続いています。迎える年は辰(たつ)。古来、瑞祥(ずいしょう)の象徴とされてきた龍は特別な力を持つとあがめられてきました。しかし人類を進歩させてきたのは、いつの時代でも、より良い社会をめざすほとばしるような情熱です。」(31日付しんぶん赤旗「潮流」より)昨日、30日は大阪・大東市まで先祖の墓参りに行って来ました。現地に着くと、孫が一生懸命墓掃除をしている姿を見て、嫁さんが「おじいちゃんが喜んでいるわ」と言っていました。その後、近所にある(新田地区)「くら寿司」でお昼を食べ、お別れしました。帰り道に「阪神百貨店・タイガースショップ」に立ち寄り「カレンダー」を買うのが習わしですが、「完売」で残っていませんでした。大坂駅からの帰路、京都駅で途中下車し、夫婦だけの忘年会をし、時間が早かったので「カラオケ」で歌って帰りました。そんなわけで、今日は店の大掃除に来ましたが、今年最後の「店長日記」を書いています。みなさんにとって2023年はどんなとしでしたでしょうか?私は、人生初の2カ月の入院を経験して、苦しい事の多い一年でした。来る2024年は私の干支である「辰年」でありますから、期待はしております。みなさん、どうぞ良い年をお迎えください。「写真は、夜空に浮かぶ京都タワーと駅前の風景です」
クリスマスも過ぎて後は正月。
2023/12/27
「「声援にはなるんですが、いま選手が足りません」「国民の命綱の綱引き。自民党百数十万人、共産党二十数万人。自民党には公明党が付きます。維新もいます」大阪府豊中市で開かれた「未来をひらくつどい」で清水ただし衆院近畿比例・大阪4区候補が語りかけました。「綱引きに参加してほしい」ー他の弁士も訴えました。「わかりやすかった」「市議会での共産党の奮闘がよくわかった」と好評で、その後の懇談会で3人が入党。党員数で4年前の弟28回党大会を回復した支部、あと1人に迫った支部などがあらたに生まれました。「つどい」には200人が参加。地区委員会は1カ月前から準備し、懇談場所を会場の後方に確保するなど工夫もしました。入党した人はいずれも長年の共産党支持者です。親族に「赤旗」日曜版を読んでもらう約束してもらって「つどい」に参加した人や、かつて日刊紙を配達していた人たちです。「つどい」終了後、みずから入党懇談会に残ってくれた人もいます。東前剛党豊中地区委員長は「まだまだ入党対象者が広くいることを感じました。支部主催のミニ『集い』は年末ぎりぎりまで計画されています。視野を広げた入党の働きかけをすすめたい」と語ります。」(27日付けしんぶん赤旗「さあ党大会」より)私が日本共産党に入党したのは、大阪から引っ越して来て間もない1984年でした。帰宅して嫁さんに話すと「あんた、何考えているの!商売どうするの?」「明日にでも、断ってきてや!」と言われました。その本人が市議として働き、他の人に新聞を勧めたり、入党を勧めたりしています。その分、私はあまり関わらない生活をしています。さて、我が家では特別なこともなくクリスマスも過ぎ、残りは正月を待つだけですが、その前に大阪・大東市に墓参りに行く予定があります。「写真は、鳥取砂丘と言えば「砂丘会館」で、私もツアー旅行でお昼を食べました」
雪は積もりませんでした。
2023/12/24
「そこは戦場でした。兵士同士がぶつかりあう最善線。食べ物も少なく、電気もない。寒さ厳しい冬のある夜、戦闘に疲れ果て休んでいると相手の塹壕(ざんごう)から歌声が聞こえてきました。それは「きよしこの夜」。いつしか、両軍の塹壕から合唱のようにクリスマスの歌が暗い夜空に流れていきました。翌朝、両兵士がゆっくりと歩み寄り、握手を交わします。「メリークリスマス」。また一緒に歌ったり食べ物を分けあったり。家族の写真を見せあい、記念写真をとる人も。そして、笑顔のサッカーが始まりましたー。1世紀前の第一次世界大戦で争ったイギリス軍とドイツ軍の間であったクリスマス休戦です。この話は兵士たちの写真や手紙などで裏付けられ、語り継がれてきました。日本でも昨年、絵本作家の鈴木まもるさんが紹介しています。『戦争をやめた人たち』と題して。残念ながら戦争は今も世界で起こっているが、戦争をやめることができるのも人だと。クリスマスを前に鳴り響く爆音や銃声。ガザでは死者が2万人をこえ、住民は深刻な医療危機や飢餓に直面しています。鈴木さんがこの絵本のあとがきの絵を描いているとき、ロシアのウクライナ侵攻が始まりました。また戦争を始める人間がいる現実にがく然としながら、戦争することよりも強い、人の優しさと想像力が描きたくて完成させました。最後の絵には世界中の人びとが手をつないでつくった和仁輪の真ん中にメッセージが込められています。「この星に、戦争はいりません」」(24日付しんぶん赤旗「潮流」より)何で戦争が起きるのかと考えれば、その国の指導者のエゴではないかと思います。戦争で泣かされるのは、いつも軍隊の下部や庶民で名誉などと関わりのない人びとです。さて、21日(木)〜22日(金)には最強寒波が来ると予報されましたが、ここ安曇川では雪が舞う程度で積もりませんでした。正直、ありがたくもあるのですがちょっと肩すかしです。もっとも報道によると、対岸の長浜市では65aも積もったそうで、わずかな天候の違いで大きく変わるものです。「写真は、湯村温泉の有名な場所を散歩しました」
今晩から寒波が来るそうです。
2023/12/21
「わがまち ふるさと」「北海道・森町」
北海道茅部郡(かやべぐん)”森”町(もりまち)。北海道に多いアイヌ語由来の地名です。ただし「音」ではなく「意味」で。先住民アイヌの人たちがオニウシ(木のたくさんあるところ)と呼んでいた地です。明治初期には、栗の密林があったそうです。いまも町役場の隣の公園などに栗の巨木があります。小粒で甘い栗は町民の秋の楽しみです。町の東、駒ヶ岳は渡島半島のシンボル。美しい山容と温泉。山体崩壊で川がせき止められてできた大沼は、四季が美しいです。西の濁川(にごりかわ)盆地はカルデラ。地熱発電所が稼働し、温泉と、その熱を利用した果菜園芸が盛んです。森町では、ホタテ貝の養殖・加工をはじめとした水産業と、カボチャ、トマトなど農業が盛んです。その水産業が、いま大変。中国が東京電力の汚染水放出に反発し、日本の水産品の輸入を禁止しています。森町のホタテは、中国市場を開拓してきたパイオニア的位置にあるため、影響が大きくなることが心配です。町では、全国の学校給食にホタテの貝柱を届けて、食べてもらうように取り組んでいます。東京電力への補償請求もこれからですが、みなさん、ぜひホタテ貝を食べてください。おいしいですよ!(野口周治町議)」(21日付けしんぶん赤旗「地方・総合のページより」北海道には何度か訪れているのですが、この森町の地名を聞くのは初めてでまだまだ知らない場所があるのですね。さて、今晩からこの冬一番の寒気がやってくるそうです。この間は、積雪には至りませんでしたが、今回はどうでしょうか?車のタイヤも交換し、スコップも長靴も準備し、店の前には融雪設備(ホースで地下水を流す)も完璧です。それでも、除雪の重労働を考えると、出来たら降り積もらないでほしいものです。「写真は、湯村温泉の夜の景色です」
昨夜、初雪が降りました。
2023/12/18
「150年前、明治初期の「徴兵令」で始まった徴兵制度は、敗戦後の1945年11月に廃止されました。公募となった自衛隊はいま、応募者減で慢性的な定員不足に直面しています。少子化やハラスメントが背景にあるとあって、防衛省は人員確保へあの手この手で。一定期間入隊すれば返済を免除する奨学金貸費学生制度や退職時の大学進学支援制度の勧誘策も。隊員募集のために自治体に若者の個人情報の提供を迫ることまで各地で。人権無視、学校や自治体を「戦場の窓口」とするなと抗議や批判が広がっています。いかに自衛隊の好感度をあげるかーテレビへの露出も重要な広報作戦です。”制作過程は話せない”と密着ぶりは口を閉ざすものの、例えば、ドラマ「テッパチ!(鉄の帽子)」(22年フジ系)ではエキストラは自衛官、戦車は本物。防衛省は全面協力しました。最近のドラマ「VIVANT](TBS系)では自衛隊の諜報(ちょうほう)組織「別班」の一員を人気俳優が演じて話題に。先月放送の日本テレビ系の番組は、「メディア初解禁」と称し静岡の陸自駐屯地で74式戦車の内部カメラを持ち込みました。ドラマやバラエティーだけでなく、ニュース枠でも”テレビ初””密着取材”の触れ込みで「日本の安全保障を支える精鋭部隊」と無批判に報じる番組も。岸田政権の大軍拡計画のもとで拡大する日米一体化の危険な実態に目をつむったままでは、自衛隊広報の片棒を担ぐようなもの。テレビが「戦場への窓口」になるのもごめんです。」(18日付しんぶん赤旗「潮流」より)タモリさんが言っていた「新たな戦前」にならないように、気をつけないといけませんね。さて、昨夜(17日)の夜から降り出した雪は、積雪には至りませんでしたがうっすらと白くなりました。今年は暖冬と言われていますが、初雪は例年より早く、慌てて冬タイヤに交換しました。「写真は、初雪が降り車に積もった状態と、街の景色です」
出石そばを食べました。
2023/12/15
「次回また」…空から見てて
大阪市 井上 恵子 (50歳)
介護職をしていると、やはり死に出あうことが多いです。「次回また」と言って手を振った方。前日の外出イベントのお花見をとても楽しんでいた方。きょうはよく歩けるわ!と話していた方。皆さま突然のお別れでした。そんな話を子どもたちにすると、驚いた顔で「だからお母さんの仕事は私にはできない」と言われました。私もすぐに泣いて落ち込むのですが、多分この仕事はむいてないかな…。でも、こんなに泣きじゃくる介護士を、空から見ていてくれるのも良くないですか?プロのくせに、とあきれて笑ってください。次回また!」
駅で出会った女性と盲導犬
東京・墨田区 吉岡 考広(医療労働者 58歳)
先日、会議が終わり神奈川の小田原駅から東京に帰る途中のこと。小田原駅の改札口を過ぎたあたりに、盲導犬を連れた女性が階段を下りるのにちゅうちょしていた。「ホームまで案内しますね」と声をかけた。同じ電車で藤沢駅まで行くというので「隣に座りますので、何かあったら声をかけてください」と伝えた。盲導犬は彼女の前におとなしく座っていた。やがて「次は藤沢です」の車内アナウンスが流れるなり、盲導犬は起き上がりドアのほうを向いた。盲導犬は藤沢駅で彼女が降りることを知っているのだ。「鍛えられている」と感心した。ドアが開き「階段は左側にあります」と伝えると感謝を言われ、帰っていった。
(15日付しんぶん赤旗「読者の広場」より)
私の友人にも、介護職をしている人がいますが、月に一人のペースでお見送りをするそうです。それに感情を込める時間はなく、縁あって知り合った入所者に対し「あの人は亡くなった」と伝えて来ます。いずれにしても、施設で亡くなるか、病院で亡くなるかのいずれかだそうです。さて、今回の旅行の締めは、「出石(いずし)そば」を食べようという事になり、鳥取砂丘から出石を目指しました。「写真は、出石そばを頂いた「出石城」と言う名の店ですが、一人前5皿で1000円、追加で5皿頼みましたが食べきれませんでした」
鳥取砂丘にも行きました。
2023/12/12
「麻雀と焼きそばでの「哲学」議論にあけくれた学生時代。やがて青年の関心は正義論や法哲学へ。そして進んだ先は、憲法研究者の道でした。これまでの人生をふり返りつつ、執念をもってとりくんできた理由とは。神戸学院大法学部の上脇博之教授が『なぜ「政治とカネ」を告発し続けるのか』(日本機関紙出版センター)に記しています。いまの日本は議会制民主主義であるための要件を満たしていない。上原さんはそう指摘します。投票価値の平等や自由な選挙活動、国民の知る権利が保障されていない。政治や選挙を不公正に左右し民意をゆがめる政治資金制度をとっていると。本紙報道に端を発した自民党の裏金問題が底なしの様相をみせています。安倍派幹部らの疑惑が次つぎと表面化。政権の中枢を直撃しています。岸田首相はひとごとのヨウニコメントしていますが、自身や他の派閥も疑惑の渦中にあり、党丸ごとの体質が問われます。不正なカネにまみれた。こっそりとカネをつくり使い道も明らかにしない政党が国民のための政治をするだろうか。上脇さんは企業や団体からの献金など政治を利用する可能性があるカネの入りも絞るべきだといいます。組織的な裏金づくりを告発するまでの作業は大変です。しかし多くの仲間や協力者が闇を暴くため立ち上がっています。市民の告発は主権者である国民全体のための運動だと上脇さん。その一つ一つが、権力の暴走をくいとめ、議会制民主主義の確立につながると信じて。」(12日付しんぶん赤旗「潮流」より)新聞やテレビの報道によると、日を追うごとに「キックバック」を受けた議員が増えて行きます。もはや、例外なく裏金を受け取っていたようで、責任を取って議員を辞職すべきだと思います。さて、湯村温泉で「カニフルコース」をいただき、もう一生カニはいらないと思うほどで、「明日になると、横に歩くのと違うか?」と言ったら大うけしました。「写真は、15年ぶりに訪れた鳥取砂丘ですが、少し寂れた感がしました」
湯村温泉に行って来ました。
2023/12/09
「あの懐かしい歌声が響き渡っています。ビートルズ最後の新曲と銘打たれた「ナウ・アンド・ゼン」。先月配信されると、全英1位をはじめ大ヒットしています。「ときどきぼくはきみが恋しくなる」。離ればなれになってしまった大切な人にまた会いたい。そんな心情を込めた曲。ジョン・レノンが亡くなる数年前にニューヨークの自宅でピアノを弾きながらつくりました。テープに残された雑音がひどかったものを、最新技術を駆使して完成。世界中を熱狂させた若き4人の姿を取り込んだミュージック・ビデオも郷愁を誘います。監修した監督は、世界中がこんな状態になっている今、ぼくらにはもう一度ビートルズが必要なんだと。生存するメンバーのポールは、ビートルズをふり返って思い出すのは「楽しさ、才能、ユーモアと愛」だと音楽雑誌で語っています。リンゴも「愛とともに。ビートはまだ鳴り続けている」(ロッキング・オン1月号)。ジョンが自宅前で凶弾に倒れたのは日本時間のきょうでした。あれから43年の月日が流れましたが、ビートルズとともにジョンの曲は今も歌い継がれています。「平和を我らに」「ハッピー・クリスマス」「イマジン」。愛と平和をねがう人びとによって。時代をこえた”新曲”はたくさんの心を揺さぶっています。暴力や憎しみ、人間不信がひろがるなかで、人が人をいとしく思い、安らぎに満ちた世界を追い求めていく。どれほど時が過ぎても色あせない音楽の力が気づかせてくれます。」(9日付しんぶん赤旗「潮流」より)ビートルズは、私たちより5〜6上の世代に人気はありました。私たちはフォーク世代で、ビートルズとは距離がありました。さて、7日〜8日かにかけて1泊2日の旅に出かけました。友人が「カニを腹一杯食べに行かないか?」との誘いに、「うん、行くわ」で実現しました。待ち合わせの新大阪駅で合流し、少し早いが昼食に「串カツ」と「ビール」を頂きました。久しぶりに降りた新大阪駅ですが、様子がすっかり変わっていて驚きました。昼食後は中国道から舞鶴・若狭自動車道で豊岡市を目指しました。湯村温泉に着いたのは、午後3時30分。チエックインを済ますと、夕食までの時間に近所を散歩しました。唯一、湯気がもうもうと上がる場所に行きましたが、ゆで卵をされているくらいで、足湯には誰もいませんでした。ただ、「夢千代日記」の「夢千代」の銅像が建っている場所は、行列が出来ていました。「写真は、湯村温泉の唯一の繁華街?の場所と「夢千代」の銅像です」
新規
修正
Copyright (C) 2006メガネ・補聴器のフクイ. All Rights Reserved.