台風10号はどこに行くのかな。
2024/08/29
「わがまち ふるさと」「和歌山県・御坊市」「和歌山県御坊市は私が生まれ育った町です。南北に長く、二級河川としてその長さは日本一という日高川の下流に位置しています。ですので、海も山も川もある自然豊かな場所です。「何もない」という人もいますが、何があるか探せば無限にある場所。そんな魅力があると思っています。自然は近隣町とつながっていますので、御坊特有のものを一つ紹介すると「祭り文化」が大変色濃い街です。「御坊」はお坊さん。門前町として栄えた街ですので、旧御坊町には大変たくさんのお寺や神社がありますし、町中以外でも各地区の祭りがあるのです。御坊町の小竹八幡(しのはちまん)神社の祭りは、御坊市最大の祭りと言われていますが、神社に奉納する獅子舞の獅子頭を乗せた屋台や獅子、祭りをにぎわす四つの太鼓に合わせる音頭は、その地区ごとの特徴を持っており、地元地区の祭りにそれぞれ誇りを持っています。そのにぎわいだけでなく祭りは地域の自主性と人々のつながりをつくり強めています。祭りを中心に日ごろは関りのない人とも世代を超えてふれあい、地域の人の輪を形づくる。もうすぐ祭りの月の10月。なかなかの威勢とこだわりのぶつかり合いの準備はもう始まっています。(楠本香織市議)」(29日付けしんぶん赤旗「地方・総合のページ」より)私には、御坊市には苦い思い出があり、敬遠しがちです。今から50年前、当時勤めていた会社の機械の納品で出かけました。「Gメガネ店」の店頭で、調整するのですが、上手く行かず終電間際になってしまい慌て気動車(電化されてなかった)に飛び乗りました。その後も何度か訪れましたが、いつも終電までかかり、もうここへは来たくないなと思いました。あれから御坊市も変わったであろうし、また訪れてみたいと思うようになりました。さて、迷走台風の10号は、ようやく薩摩川内に上陸しましたが、この先どう進むのか見当がつきません。とりあえず、31日から1日が最接近になりそうで準備が必要です。「写真は、京都鉄道博物館に行った時の、懐かしい列車たちです」
台風10号が接近中です。
2024/08/26
「アベノバブル崩壊とズバリ」「東京・江戸川区 黒田 健司(66歳)」「テレビのトップニュースは、乱高下する株価の動向。素人投資家は「1千万円損した」と嘆き、専門家は落ち着いて長い目で見よと呼びかける。まるで日本国民全員が投資家になったかのよう。一株も手元にない私には関係のない話。関心があるとすれば、虎の子の退職金を預ける定期預金の金利の動向くらいか。元本が保証されない投資に回す余裕などない。妻も今日もスーパーのチラシとにらめっこ。ブロッコリーの値動きに素早く目を走らせる。10円でも値が下がれば、駅前まで自転車を走らせることをいとわない。政権は積極的な投資を促すが、その投資先の大企業は、低賃金で労働者への投資に背を向けてきた。大手メディアが株の値動きをとりたてて報道するなか、本紙は「アベノバブル崩壊」とズバリ。今後も庶民の立場に立って、市場混乱の根源に迫る報道に期待したい。」
「初めて聞いた読者の”被爆#」「広島市 武田 洋子(80歳)」「長年読者としてつながっている人に被爆の実層を初めて聞きました。当時4歳の彼は爆心地から1・8`の地点で被爆。長い間沈黙していましたが80歳を迎えたころから、自らの被爆の実態を語る決意をしました。100人くらいの聴衆を前に大きなスクリーンを使っての講話。平和な日々から原爆投下の日、その後の家族の悲惨な状況、大やけどを負いながらさまよう姿は筆舌に尽くしがたい。静かな会場に、うわーー痛いよ!痛いよー!おかーちゃん!響き渡る幾度もの叫び声。穏やかな彼からうかがえようも」ない、心からの叫び。二の腕のケロイドをまくり上げて訴えていました。1時間半、立ち続けての講話。多くの拍手と感想がありました。「あなたをリスペクトします」の意見に彼はどんなに励まされたことでしょう。彼は、アメリカを憎んでもしょうがない、戦争は絶対してはいけない、話し合いが大切だと。」
(26日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
台風10号が接近中で、28日(木)に九州から四国に上陸しそうです。当初の予報よりだいぶ西にそれましたが、大型の台風なので油断は出来ません。さて、8月も残すところ1週間。この暑かった日々も思い出話になるのでしょうね。「写真は、続・我が家の庭に咲いたサルスベリの花です」
高校野球も今日が決勝戦です。
2024/08/23
「年金増えても負担増で減に」「東京都 田島 道子(67歳)」「年金が6月支給分からわずかばかり増額されました。国民年金は79万9500円から81万6000円になりました。手取りが少しでも増えるのであればまだましなのかもしれません。でも80万円をこえたことで「年収80万円以下」であることが要件の制度からもれることになります。前年収入の判定なので今年は大丈夫かもしれませんが介護保険料は年1万9800円から3万1680円になります。70歳以上の高額医療費の自己負担額が月1万5000円から2万4600円になります。非課税所帯65歳以上で厚生年金を受給している人の年金生活者支援給付金約年6万円も支給停止になります。私の場合は収入が80万円をこえたことで難病治療費の自己負担増で年金増額分がなくなります。年金が増額されることはよいことですが、他の制度との関係で負担が増えないように手取りが増えるように制度設計をしてほしいと思います。」
「山から「赤旗」取りにかよう」「福島・西郷村 原田 和信(獣医師・農業 75歳)」「日刊紙を読んで丸5年。山の中から12`離れた街中の事務所まで週に2回新聞を取りに行く。郵送は1500円もかかるし、講演などのチラシが入らない。8月は毎日取りに通う。テレビ欄は終戦記念日前後の特集番組を前もってお知らせする他、終了後は各放送局の取材態度、解説の内容を批評する囲み記事を載せているからだ。他にも農政・経済面の解説は他紙に先んじている。今、「赤旗」発行の危機が見出しになっている。スクープもあり、国民本位のなくてはならない新聞だ。物価高、この暑さでお金もかかるので、地方紙をやめた。ローカルニュースとお悔やみ欄は往診の時、農家の庭先で読ませてもらう。読み終えた日刊紙は若い人、高校生がいる家庭に置いて帰るが、反応もある。紙代を納める時、郵送分はカンパしている。政党助成金ももらわずに、信頼できるまじめな政党だから。」(23日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)今日、23日は「地蔵盆」で、集落ごとにお祭りが開催されます。以前はもっと多かったのですが、少子化とともに少なくなりました。さて、高校野球の決勝戦がすでに始まり、現在3回の攻撃が終わり0−0です。どちらが勝っても、初の日本一になりますので見てる人は力が入るでしょう。「写真は、猫の額ほどの我が家の庭に咲いたサルスベリの花です」
「大社高校」は、よく頑張った。
2024/08/20
「ヤングケアラー 長期化でメンタル不調」「日常的に家族の世話を担う「ヤングケアラー」の状態が思春期に長時間続くと、メンタルヘルス不調を訴えるリスクが高まるとの調査結果を、東京都医学総合研究所や東京大学の研究グループが発表しました。家族のケアを担っていない児童と比べ、抑うつ症状や自傷行為を経験した割合が高くなりました。「学校や公的機関が早い段階で気付き、負担を減らす支援をすることが重要」としています。都医学研究の西田淳志・社会健康医学研究センター長らは、2002年9月〜04年8月に生まれた都内の児童2331人に対し、10、12、14、16歳の四つの時点を追跡調査。各時点で病気などを抱えた家族の世話について、「毎日もしくはほぼ毎日」と回答した児童をヤングケアラーと定義し、メンタルヘルスとの関係を分析しました。その結果、「毎日もしくはほぼ毎日」と回答した割合は各時点で約3%でした。2年以上ヤングケアラーの状態だった児童は、ケアに携わっていない児童と比べると、14歳時点の抑うつ状態が2・49倍、16歳時点で自傷行為が2・51倍、自殺を想像・計画する「自殺念慮」は2・06倍に上りました。西田センター長は、ヤングケアラーの状態は「祖父母との同居」の世帯が長期化しやすいと指摘。地域包括支援センターなどのサポートが重要だとした上で、学校に対しても「先生と児童の信頼関係を高め、児童が助けを求めやすい居場所をつくることが必要」と話しています。」(20日付けしんぶん赤旗「総合」のページより)ヤングケアラーの状態をよく耳にしますが、誰を介護しているケースが多いのだろうか?「祖父母」なら、両親はどうしているのか?もし「両親」ならある意味ありそうな気がしますが、身近にいないので気が付かないのかしれませんね。さて、高校野球もベスト8になり、私学の強豪が残る中、島根県の県立高である「大社高校」が残りました。残念ながら、鹿児島県の神村学園に8−2で敗れました。それでも、よく頑張ったなあと思いますので、胸を張って帰ってほしいものです。「写真は、この時期になると見かける「ミミズ」の集団自殺ですが、土の中が暑いのはわかりますけどアスファルトはそれ以上ですので助かりません」
関東地方に台風7号が接近中です。
2024/08/16
「つなぐ 能登の産業」「熟練の職人が、さまざまな大きさのハケやヘラを使い分け、漆を塗ると、作品に命が宿ります。国の重要無形文化財に指定される、輪島塗。伝統的な漆器文化を現代に受け継ぎます。地震で市内のいくつもの工房が倒壊するなどの被害を受けました。制作に必要な道具も失いました。工房の一つ、少しずつ作品を作り始めている「大撤八井漆工房」です。「地震に負けたくない」と社長の八井貴啓(やついたかひろ)さんは力を込めます。4月に仮設工房の抽選に当選。さっそく、友人から譲り受けた道具を設置し、作業を再開しました。現在は、倒壊した工房の下敷きで傷んだ作品の補修や、全国からの修理依頼などを受注しています。18歳で弟子入りした片岡武彦さん(62)は「漆は生きている」と語ります。湿度と温度の管理が大切で、プレハブの仮設工房では、細かい調節が困難です。「工房を新しく建て直し、職人みんなで作業できる環境を早く取り戻したい」。八井さんの次の目標です。」(16日付けしんぶん赤旗「1面」より)自宅も工合も倒壊し、なかなか先の展望が見えない中、頑張っておられるのに頭が下がります。さて、お盆の休暇中の16日には、台風7号が関東地方に最接近するとかで、1日前倒し15日に戻る人が多くなりました。関西での影響はなさそうなので、一安心ですが日本人の律義さに感心します。「写真は、続「平和のための美術展・戦争展」に出品された作品です」
世間はお盆休みですね。
2024/08/13
「すさまじい衝撃音とともに、噴きあがる火柱。あたりは黒煙と異臭につつまれ、悲鳴と怒号が飛び交った・・・。当時、現場にいた学生たちの証言です。2004年8月13日の昼でした。普天間基地に隣接する沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落炎上。破片は付近の住宅密集地にも飛び散り直撃された家も。「恐れていたことが起きてしまった」。そんな思いで駆けつけたと、本紙記者。事故直後から現場は米軍によって封鎖され、消防や警察の立ち入りも拒否。あわや大惨事も外から見守るだけの異常な光景でした。当時の学長も米軍兵士に阻まれ被害状況の確認さえできず、「こんなばかげたことがあるか」と声を荒げて抗議しました。米軍は墜落の機体とともに構内の樹木も勝手に伐採して持ち去り、土も掘り返しました。放射能による環境汚染の証拠を隠すように。沖縄の大学が米軍に占領された日は、この国の主権が著しく侵害されていることを改めて示しました。事故からきょうで20年。基地があるがゆえの危険と、米軍の専横を容認する日米地位協定の屈辱は、いまも続いています。普天間基地周辺の住民アンケートでは「軍用機が上空を飛ぶことに不安がある」との回答が97%を占めました。日本の上空をわが物顔で飛び回って被害を与えることも、米兵による性暴力も後を絶ちません。「植民地そのものの状況で起こったと言わざるを得ない」。沖縄県民絵大集会でこみ上げた怒りの声です。米軍と日本政府の横暴にわれわれは抗(あらい)い続けると。」(13日付けしんぶん赤旗「潮流」より)あの事故は、20年経った今でも鮮明に覚えていて、特に日本の消防も警察も手出しが出来なかったことに異常さを感じました。まだまだ、日本は米軍の植民地なのだと思いました。さて、昨日、12日(月)は大阪・大東市までお墓参りに出かけて来ました。滋賀県とは違う暑さで、駅からの往復で汗が止まりませんでした。その後、S先生を含む5名で「ミニ同窓会」を開き旧友を温めて来ました。「写真は、続「平和のための美術展・戦争展」の展示物です」
滋賀学園が勝ちました。
2024/08/10
「水も買えない新幹線自由席」「東京都 杉本 正(大学教授 65歳)「いつものように東京駅で、東海道新幹線のぞみ自由席に乗車しました。大阪で昼食を予定し、お弁当は購入しないまま乗車しました。座席を確保し汗をぬぐいつつ、快適な旅のために荷物を整理しました。新幹線が動き出してから、飲み物を買い忘れたこと、そして車内販売や車内自販機が昨年10月になくなったことを思い出しました。通りかかった車掌に伺うと「規則で、普通車乗客はグリーンの車内販売を利用できない」とのこと。私が「持病で水がないと困る」と訴えると、車掌は「薬を飲むとか緊急でない限りはダメ」といいました。私がカバンから1日10服用する薬入れを取り出し示すと、車掌はグリーン車パーサーに連絡しました。私は7号車まで歩き、水のペットボトルを購入できました。東海道新幹線普通車の乗客は、のどが渇いたという程度では水は買えません。「投薬」「死ぬ」と訴えなければ。
「サダコ像盗難悲しみと怒り」「神奈川県 二場 利明(37歳)」「米国シアトル市郊外の公演から「サダコ像」が盗難された記事(7月17日付)を読み、悲しみと怒りの感情が湧きました。メデルの佐々木禎子さんは原爆で被爆し、白血病と闘いながら千羽鶴を折り続けました。その原爆を落とした米国に建てられた像を盗むとは・・・。サダク増は広島、長崎市民が原爆で無差別に殺害したアメリカの地に建てられ、あの悲劇を伝え継いでこそ意味があるものです。盗んだ犯人に直ちに自首をして像を元道りにして返してと言いたいです。」
(10日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
東海道新幹線の中で水が買えないなんて、初めて知りました。順調に走っていれば2時間30分の旅ですが、何かトラブルがあると、それ以上の時間がかかります。まして、真夏の車内で電気が止まったりすると、どうするのでしょうか?さて、全国高校野球夏の大会で、滋賀県代表の滋賀学園と佐賀県代表の有田工高の試合は、滋賀学園が勝ちました。本当を言うと、私はその日忙しくしていて、結果だけを知った次第です。「写真は、続平和のための美術展・戦争展に飾られたパネルです」
今日から高校野球が始まりました。
2024/08/07
「きっかけは鉄道会社の激しい乗客獲得の争いと新聞社の拡販競争でした。広大な埋め立て地に一大レジャー施設を建設。中心に据えられたのが日本で初めての本格的な球場でした。甲子の1924年にできた球場は阪神電車甲子園大運動場と名づけられ、こけら落としも小学生の運動会。8月1日の開場後すぐに開かれたのが、現在の夏の高校野球にあたる全国中学校優勝野球大会です。始まりの弟一投はバックネットを直撃する大暴投。以来100年、白球をひたむきに追う若者たちのあこがれや夢、希望をつないできました。いまでは、甲子園大会は夏の風物詩ともなり、数々の名試合や好プレーが多くの記憶に刻まれてきました。一方で勝利至上主義による投手の酷使や選手を駒のように扱う采配がたびたび批判され、指導者や部内の暴力も問題になってきました。5打席連続敬遠をはじめ高校野球とは、スポーツとは何かを問われることも。酷暑対策は喫緊の課題です。1世紀に及ぶ歴史のなかで忘れてはならないのが、若者を戦争にかりたてるために学生野球が利用されたことです。戦時下の大会では選手を選士と呼ばれ、選手交代は認めない、打者は球をよけてはならないと敢闘精神をあおり、スコアボードには勝って兜(かぶと)の緒を締めよ、戦い抜こう大東亜戦のスローガンが掲げられました。きょう開幕する節目の年の大会。期間中の終戦記念日には毎年球場にサイレンが鳴り響き、黙とうが行われます。歩んできた歴史に思いをはせてー。」(7日付けしんぶん赤旗「潮流」より)「酷暑対策ならドームでやればよい」「いやいや、甲子園という場所に意味がある」「それなら甲子園をドーム化すればよい」と議論が絶えることはありません。さて、今日の弟1試合、地元滋賀県代表の「滋賀学園」と嫁さんの実家のある佐賀県の「有田工」が対戦します。好試合を期待したいですが、やはり地元を応援するのでしょう。「写真は、「平和のための美術展・戦争展」で出品された戦争遺品です」
セミの鳴き声もも暑そうです。
2024/08/04
「渡し舟の町の時代は流れて」「新潟・阿賀町 神田さかえ(74歳)」「私の子どもの頃は、渡し舟で行き交うわが地区にはお店が一軒もありませんでした。でもバスが通るようになると4〜5軒の家が店を開きました。酒、たばこ、切手と雑貨、食料品などを売る店ができ、他の地区に行かなくても用事が足りたものです。いつしか時代の流れで、町内にもスーパーやコンビニができ、実家へ行くと全ての店が姿を消していました。近くの地区の所も同じように皆なくなっていました。子どもの頃、5円でアイスキャンディーを買いに走ったことや切手、はがきを買いに行ったことなど、なつかしさだけが思い出されます。人々とのふれあいもなくなり寂しい限りです。」
「願いに反する巨大給食工場」「京都市 長濃 継子(76歳)」「全国でほぼ当たり前の中学給食。京都市では、まだ実現しておらず、新日本婦人の会などが中心になって数十年、毎年のように署名を集めて請願を出してきました。ようやく市も中学給食を実現するという方針に。喜んだのもつかの間、移転して空いた高校のグランド跡地に、市内63の中学校2万6000食もの給食を1カ所で作る、巨大な給食工場を建てるという案が出されてきました。そのグランド跡地というのは、広域避難所に指定されている近隣公園を高校に貸していただけのもの。広域避難所でもある公園を廃止してまで、巨大な給食工場を造るのではなく、それぞれの学校で作る給食をめざして運動をしています。」
(4日付しんぶん赤旗「読者の広場」より)
10日ほど前に、セミが鳴いているのを今年初めて耳にしました。鳴いていたのは「クマゼミ」で、賑やかな鳴き声でした。ところが、それからしばらくは、鳴き声が聞こえなくなりました。昨日、大きな木がある主人が「今年は、羽化したセミが木の下で死んでいるわ」とのお話でした。「セミもこの暑さに耐えられず、そのまま死んでいるようです。」との事で、セミに同情を禁じえません。「写真は、今年も始まった「高島市・平和のため美術・戦争展です。(3日の赤旗近畿版に紹介されました)」
あっという間の8月ですね。
2024/08/01
「わがまち ふるさと」「三重県伊賀市」「三重県北西部に位置する伊賀市は、2004年の市町村合併により誕生し、今年は20年目の年です。俳聖・松尾芭蕉の生誕380年の年でもあり、現在、「おかえり、芭蕉さん ふるさと伊賀へ。」として、さまざまな記念事業を展開しています。ぜひ、伊賀の地を訪れていただき、芭蕉さんを通じて魅力を感じていただければと思います。伊賀市は文化だけでなく、豊かな自然環境に恵まれた町でもあり、特別天然記念物であるオオサンショウウオの貴重な生息地の一つにもなっています。伊賀市で活動しているNPO法人「伊賀・水と緑の会」が特別の許可を得て毎年開催している「オオサンショウウオ夜間観察会」には、今年も子どもを含めた多くの方がたが参加しました。講師の先生の話を聞いた後、実際に川に入り捜索。2匹のオオサンショウウオに出会うことができ、その愛くるしい姿に参加者の心は奪われました。今年も元気な姿を見ることができたとはいえ、伊賀市では巨大なダム(川上ダム)建設に伴い、オオサンショウウオも「強制転居」させられるなど、試練にさらされています。これからも伊賀市がオオサンショウウオにとって暮らしやすい町であり続けることを願ってやみません。(釜井敏行市議)」(1日付け「地方・総合のページ」より)伊賀市に初めて行ったのは、中学生2年生の頃で「芭蕉庵」の建物が印象に残っています。同時に「伊賀上野城」も印象的で、この町の規模にしては立派なお堀があり驚きました。オオサンショウウオが住む「赤目の滝」は、残念ながらまだ行ったことはありません。前から一度は行きたい場所の一つで、今度機会があったら是非行ってみたいです。さて、7月もあっという間に過ぎ去り、今日から8月が始まりました。相変わらず暑い日が続いていますが、健康に気を付けてがんばりましょう!「写真は、京都鉄道博物館に行った時の展示品です」
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