急に寒くなりましたね
2024/10/04
「「ホームレスになるか、それとも死んだ方がいいかな」。がんで倒れた父親の看病で介護離職した男性がかつて語っていました。父親の死去後、年金収入がなくなり家賃は滞納、水光熱費も支払い不能に。当時40代の男性。がんばっても新たな職になかなか就けなかった・・・。介護離職後、ホームレス状態に陥った人も。離職後は職を転々としながら貯金を取り崩して暮らしていました。貯金の底をつくと、夜逃げ同然のように公園に。離職前までは日本橋の老舗百貨店に勤め、年収は1100万円ほどだったといいます。年間の介護離職者数は10万人前後にも及びます。背景には「保険あって介護なし」になりつつある介護保険制度が。「自助・共助・公助が社会保障の基本」と言って、社会保障費を削減しつづけてきた自民党政治。世代間対立をあおりながら、とくに高齢者分野を標的に。長生きするなと言わんばかりの政治は、高齢者だけでなく現役世代をも疲弊させてきました。父親が亡くなった後、収入が断たれた40代男性。わらにもすがる思いで「生活相談 政党」とネット検索し、共産党の地方議員とつながって「光が見えた」。生活保護を利用しながらハローワークに通っていました。高齢になっても人権と尊厳が尊重される社会にー。共産党は新しい提言を発表しました。将来を展望する青年たちも希望がもてるものだと歓迎の声をあげています。憲法25条が規定する「健康で文化的な生活を営む権利」を保障するのは政治の責任です。」(4日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私たちの世代は、介護保険料が年金から天引きされていますが、その額は恐ろしいほどです。しかし、かって父親が老健施設に入所したころ、利用料は月額17万円もかかりました。わずか2年半で500万円が消えてなくなりました。それを知っているからこそ、自分の貯金では無理だと知り、自宅で介護を受けるしかありません。「保険あって介護なし」を実感する出来事でした。さて、気温が急激に下がり、夜に窓を開けて眠ると、寒くて目が覚めるほどになりました。こんなに急に気温が下がると、体がついて行かず睡眠不足になっています。「写真は、久しぶりに訪れた安曇川町・四津川地区にある三和漁港の夕焼け時の景色です」
今日から10月ですね。
2024/10/01
「北欧出身のヨハンさん(仮名)は、母国の大学で日本語を学び始めたころ、講師からこうすすめられました。「日本語を勉強するなら、新聞を読むといい。そのうち一紙は『赤旗』を、もう一紙はどこでもいい」。講師は「大手新聞は政権与党への忖度(そんたく)があるから、どこも似たようなものに。真実を知りたいなら『赤旗』を」と。ヨハンさんはネットで「しんぶん赤旗」を見つけ、読みはじめました。「赤旗」と他紙との違いがわかってきました。例えば刑法改正報道。不同意性交等罪の導入時、右派系のメディアには”男性が冤罪(えんざい)で大変になる”という角度の記事が。対して「赤旗」は被害者に寄り添い加害者を裁く立場で一貫していました。フラワーデモやColabo(コラボ)の活動を継続的に掲載。「社会的に弱い立場の人たちの視点に立っている」。強く感じた点です。「桜を見る会」追及や学術会議問題でJCJの各賞を受賞した「赤旗」。「批判的な目線があるから、いい記事が書ける」。だから「やっぱり裏金問題ですよね。ほかのメディアより1年も前から報道していた」と、今回のJCJ大賞受賞を心から喜びます。「単に事件を報じるのではなく、なぜ起きたのか、誰が推進しているのかを書いています」と”推し”を語るヨハンさん。20年のJCPサポーターまつりに母国からネットで参加。昨年は現地・東京でリアルに参加が実現しました。「日本には批判的なメディアが必要です。若い人たちにぜひ「赤旗」を読んでほしい」」(1日付けしんぶん赤旗「潮流」より)あの暑かった9月も終り、気力的にも体力的にも楽になりそうです。これからは、美味しい果物や野菜が出回るので楽しみです。「写真は、高島の泉でバーベキューを楽しむ人々です」
袴田さん再審無罪。
2024/09/27
「どんな生き方がひろがっていたであろうか。連れ合いや家族との穏やかな日々、元ボクサーの経験を生かしたやりがい・・・。失った歳月の長さと重さを思わずにはいられません。30歳で一家4人を殺害した罪で逮捕されてから58年、死刑確定から44年、ようやく袴田巌さんに無罪判決が出ました。支援者らは喜びに包まれる一方で、ひとりの人生が丸ごと奪われた怒りを口々に。判決は捜査機関による証拠のねつ造があったと指摘。非人道的な取り調べて強要した自白調書や、犯行時の着衣とされた5点の衣類などを証拠ねつ造と認定しました。警察や検察、司法のあり方まで断罪するように。死刑執行の恐怖、ふるえるほどの悔しさと絶望は巌さんの心と体をむしばみ、釈放から10年となる今も意思の疎通が難しい状態が続きます。こうしたえん罪がなぜ後を絶たないのか。「今でも大勢の方が苦しんでいる。巌だけが助かればいいという問題ではない」。裁判をたたかってきた姉の袴田ひで子さんは再審法の改定を訴えます。巌さんの再審と釈放を認めた元裁判官も「このままではえん罪の被害者は救われない」と、証拠不開示や開かずの扉といわれる再審制度の不備を。獄中にとらわれていたとき、巌さんは手紙にこうつづりました。「裁判で無実であったことの事実が認められても、すでにその時は再審請求を重ねたあとであり、人生を純粋にやり直すにはあまりにも遅すぎた」。権力に翻弄(ほんろう)され、もう取り戻せない生き方を思いながら。」(27日付けしんぶん赤旗「潮流」より)私は「国民救援会」に入っているので、この事件のニュースは逐一知っていました。見つかった着衣が、袴田さんの体型と合わず、着ることが困難だったことです。証拠がなければ作れば良いとの警察のいい加減さが怖いです。さて、夜は涼しくなり、窓を開けて眠ると寒いくらいになりました。こうなると、あの暑かった日々が懐かしく感じます。「写真は、「高島の泉」で「さかなつかみ」をする子どもたちです」
お墓参りに行って来ました。
2024/09/23
「訪問介護には駐車場必要?」「千葉・市原市 井口 佐代子(69歳)」「私は2年半くらい前に千葉・習志野市から引っ越してきて、要介護の妹の介護保険の事業所を探しました。その時に紹介されたケアマネから、駐車場がないとどこからも来てくれないから駐車場を用意してくださいといわれました。わが家には車が無いので、駐車場は借りていませんでした。でもヘルパーにも看護師にも来てもらわないと困るので借りました。しかし本当に利用者が駐車場を用意しなければいけないのか疑問に感じて、共産党の駒形やす子市議に相談。「疑問は市役所に聞いてみよう」と一緒に行ってくれました。高齢者支援課の担当の方が「本来は介護報酬に交通費も含まれている」ということでした。あとは路上駐車するために、事業所が警察に許可申請をするおともできると言っていました。市はケアマネに啓発文書を出すそうです。」
「反戦の初心は今も変わらず」「北海道・深川市 北名 照美(80歳)」「終戦79年の8月、テレビや新聞は”二度と繰り返してはならない戦争”の報道で埋め尽くされた。優れた内容のものも少なかった。だが、あの戦争にあらがった党の人びとを掘り起こしたものは見当たらなかったように思う。私は大学卒間近な時、ある友人に「君の考えや行動は学生としては認めるが社会に出たらそうはいかない」と進言された。卒業後、郷里に戻り親に勘当されたが、党の専従となった。一方、心の片隅に、教育も報道もすべてが軍国主義一色の時代に、党はどうして”侵略戦争”を見抜いたのか、との思いがあった。数年後にその答えを見いだし、スッキリしたことを思い出す。私は今も年の割には元気で「赤旗」配達をはじめ、党活動をしている。悔いのない人生である。」
(23日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
ここ安曇川では、駐車禁止の場所も少なく介護事業所の車が停車出来ないとは聞いたことがありません。さて、21日(土)は大阪・大東市まで墓参りに行き、その後有志のメンバーの6名と恩師でミニ同窓会をやりました。前回が8月12日だったので、わずか1カ月しか経っていないのに久しぶりに会った気分です。その後、阪神百貨店に立ち寄り、塩サケ、じゃこ、はんぺんを買い求めました。せっかくなので、タイガースショップで来年のカレンダーを探しましたが、まだ発売されていませんでした。夕方の午後5時になりましたので、お初天神にある居酒屋で一杯やり帰路に着きました。「写真は、22日(日)に行われた、民商共済会の「高島の泉」でのバーベキュー大会です」
もうすぐお彼岸ですね。
2024/09/19
「米の買い出し台風でも並ぶ」「東京・三鷹市 田畑 健(88歳)」「午前10時前、台風10号による大雨の中、長靴を履きザックを背負って駅前のスーパーにお米を買いに行った。前日の夕方、完売の貼り紙。店員は10時開店と同時に来れば買えるでしょうと。店の前に並んだ3人のうち、中年の男性と対話。「終戦後は府中の西、中河原とかに買い出しに行って、トコイモ(苗を取った後のサツマイモ)まで食べました。1993年の米不足では勤務先でタイ米を買いました」「新米が入荷すれば解消すると政府は言いますが、この猛暑と台風被害で解消できるのでしょうか?気候危機で世界の農業が危ないとき、食料トエネルギーは国産で。輸入頼りはダメです」10時、米売り場に急いだ。いつも重いお米は最後に買うが、今日は一番先にお米5`を入れた。夕食の食材なども買って満杯の20gのザックを背負い、両手にエコ袋と傘を持ち大雨の中を15分歩いて帰宅した。これで今夜は米の飯が食える。」
「暑さのせいで水道管が破裂」「大阪・高槻市 砂湖 和子(82歳)」「水道のメーターの検針に来られたとき、何と日頃の3倍の料金になっていました。調べてもらったら、洗面台の下の水道管が水漏れ。築60年以上で古いのと、暑さにやられたとのこと。業者いわく「今うちの仕事は水道管の補修ばかり」だそうです。うちが工事してもらった翌日は、裏の家も修理していました。暑さで大変なのは人間だけでなく、水道管もです。修理費用が6600円と出費がかさみ、驚きました。」
(19日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
昨日の朝、今年の新米だと言われて、初めて食べましたが、もちもち感がすごくて、とても美味しく頂きました。私の家では、農家から分けてもらっているので、電話一本で持ってきてくれます。だから、米不足の実感がなく、都会に住むとこういう時、不安になりますね。「写真は、道端にいたカマキリを相手に遊んでみました」
ここにきて、阪神が強いですね。
2024/09/15
「父の悔い残し戦死した叔父」「東京都・板橋区 小澤 礼子(62歳)」「少年兵として人間魚雷の訓練を受けていた私の父は、横須賀で敗戦を迎えました。一方、私の叔父は徴兵されフィリピンで戦死。招集日には祖父と父が近くの駅まで見送りに行ったそうです。駅には出征する青年が大勢集まり、当時は祝い事であったとはいえ、家族との別れを惜しみ、皆、赤飯やおはぎなど家庭で作った物を渡していたそうです。どういうわけか祖父と父は手ぶらで、叔父に渡すものを何も持ってきていないことに気づき、叔父は気にしている様子はなかったそうですが、父は亡くなる前まで悔やんでいました。故郷から遠く離れた縁もゆかりもない熱帯の地に連れて行かれ、地獄絵図のような密林の戦場で命を落とした叔父のことを考えるとふびんでなりません。祖父も父も、またすぐに戻ってくるものと思い込んでいたので、何も持たずに見送りに行ったのではないかと思っています。」
「原爆の犠牲者留学生の法要」「京都・向日市 北川 常男(58歳)」「広島で被爆し京都で亡くなったサイド・オマールさんの法要に30年ぶりに参加してきました。オマールさんはマレーシアから南方特別留学生。広島文理大学(現・広島大学)で学んでいました。私の祖母が学生寮の副寮母をしており、亡き母は幼少期、オマールさんに遊んでもらいました。そういった関係で法要に参加しました。30年前は、母に連れられて参加したのですが、9年前に他界し、京都に住む私が、祖母と母の代わりに参加しました。」
(15日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
昨日の阪神ー広島戦は、デーゲームであり、阪神が0−3で負けていたのでその後見ませんでした。夜のスポーツニュースで、阪神が4−3でサヨナラ勝ちしたと報じていました。「やっしゃ!」と思わず拍手していました。このまま勝ち続けると逆転優勝も夢ではないと、思います。「写真は、今年も見られた葛(くず)の花です」
まだまだ、暑い日が続きますね。
2024/09/12
「わがまち ふるさと」「長野県・野沢温泉村」「信州・長野の野沢温泉は、スキー、スノボを愛好する人の大半に知られ、私のふるさとです。スキーと温泉がメインで、特にスキー場の「天然雪たっぷり」が国内外で大評判。今年も「5月連休まで滑れるゲレンデ」を関係者の努力で実現しました。近年はゲレンデで、地元の中学生が語学力向上のため訪日客にインタビュー活動をしています。温泉で訪れるファミリー層や女性客からは安心して散策できると評判です。私の推しは、冬以外の「野沢温泉」で、イチ推しは秋。妙高山に沈む夕日は天下一です。農作業の夕方、赤とんぼが群舞し、一つひとつの羽が夕日に照らされ一瞬、われを忘れて見とれてしまうほどキラキラ輝きます。春はブナ林をはじめ、草木が一斉に芽吹き、夏は標高1000b以上の上の平高原の散策と満天の星。御用達米、朝どれアスパラも好評です。村議会では、国への意見書をほとんど全会一致で採択しています。賛同議員を必ず1人つくり、委員会で議論、修正し採択します。訪問介護費についても、「引き下げ撤廃と引き上げの再改定を早急に求める意見書」をいち早く6月議会で採択しています。(宮崎早人村議)」(12日付け」しんぶん赤旗「地方・総合のページ」より)私はまだ「野沢温泉」には行ったことがないのですが、元会社の同僚は冬になるとスキーに出かけていました。野沢村に行くと必ず出るのが「野沢漬け」で、お土産世にも販売されていますが、私は苦手なのであまり食べません。さて、9月も中旬になるのに、暑さが収まる気配がありません。気のせいか、「彼岸花」の咲く姿も見られませんので、今年は遅くなるかもしれませんね。「写真は、美浜町の水晶浜と、白木地区の漁港の様子です」
ここにきて、阪神が強いで!
2024/09/08
「農民組合の米子ども食堂に」「大阪・枚方市 菊川 和栄(78歳)」「昨今の”米騒動”。わが家も米が少なくなって、パンやら、まぜご飯やら赤飯やらと細々と米を使っている。ここにきて「子ども食堂」用の米がない!カレーライスと予告していたがどうしょう!スーパーや薬局、農協も回ったが無い。困り果てて農民組合に電話したら、従来配達してもらっている分のほかにも融通できると。5`4袋届けてくれた。カレーをやめてパンかスパゲッティにするか、と悩んでいたが、米が入手できてボランティアスタッフも、何より140人の子どもたちが大喜び!!オイシカッタ!!農民組合サマサマです。」
「90歳農家から早配時にナス」「岐阜県 豊田 香織(63歳)」「「赤旗」配達中、朝5時に農家のAさんの作業場の電気がついています。20a以上ある大きなナスの選別中。「おはようございます。今日もいただいていいですか」と言うと「もってけ、もってけ。傷ものだけど」と言われます。「学校で作っているナスは硬くなってしまうのだけど、水不足ですか?肥料ですか?」と尋ねると「水は朝晩2回。肥料は、5日に1回やっとる」と言われました。さすがに手がかかっています。Aさんは今年90歳に。7月から10月までは、毎日ナスの作業に追われてみえます。おかげで、私は新鮮なナスをおいしくいただくことができるのです。」
(8日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
世間では米不足と言われますが、ここでは「道の駅」にもありましたし、スーパーにもあります。嫁さんがいつもいただいている農家に連絡すると「値上がりしているのでしょう?」「いいや、去年と同じ値段で新米を持って行くわ」と言われたそうです。誰かがいつも以上に買占め、それを見た誰かが買占めたのではないかと思われます。それにしても「農民組合「」の粋な判断に拍手を送りたいです。さて、今年の優勝は絶望的と思っていた阪神ですが、ここにきて強くなり首の皮一枚残っています。これからの直接対決で逆転も夢でなくなりました。「写真は、久しぶりに来た「白木地区」ですが、廃炉が決まった高速増殖炉「もんじゅ」と静かな港の景色です。原発のおかげで建った「集会所」や「お寺」が寂しそうです」
夜はエアコンを止めています。
2024/09/05
「わがまち ふるさと」「山形県・新庄市」「8月24〜25日に開催される豪華な山車(屋台)とおはやしが練り歩く「新庄まつり」(ユネスコ無形文化遺産)に42万人が訪れた新庄市。山形県北部に位置し山形新幹線の終着駅です。新庄まつりは町衆が若蓮という組織をつくり、毎年町内単位で山車を作成。題材は能・歌舞伎や歴史物語・伝説などから選び、等身大の人形を中心に山・館・花・滝などを周りに配します。最上公園内には城跡とともに戸沢神社、天満神社などが鎮座。「ふるさと歴史センター」の地下に展示された民具はどれも農村文化の歴史を思い起こすものです。北部に位置する矢作(やはぎ)家は、江戸時代の多雪対策を施したかやぶきや植栽された野草に癒されます。古い実家に帰ったような懐かしさです。旧蚕糸試験場跡地のエコロジーガーデンは、散策や「産直まゆの郷」の利用がお勧めです。豪雪地帯なので少なくない世帯が玄関をかさ上げ。市民スキー場は、小中学生が無料、高校生は半額でリフトが使えます。県内で唯一温泉がない市でしたが、8月に温泉入浴施設として旧山屋温泉が再開されました。新庄駅の物産館では地元の名物を楽しめ、食べ物は最上牛、新庄そば、とりもつラーメンが有名です。(佐藤悦子市議)」(9日付けしんぶん赤旗「地方・総合ノページ」より)山形県の新庄市と言えば、ほとんど名前だけは知っていますが、どんな町かはほとんど知りません。いつかは訪れたい場所でもありますが、豪雪地帯と言うので、真冬に訪ねるのも良いかもしれません。さて、台風10号が去った後、安曇川では急に涼しくなり、夜間はエアコンを止め、窓を開けて寝ています。それでも時々寒ささえ感じることもあり、あの酷暑が嘘のようです。「写真は、久しぶりに訪れた美浜町・水晶浜ですが、まだ夏の景色でした。ここから望める美浜原発です」
8月30日の誕生日で72歳に。
2024/09/01
「いつの時代か米が買えない」「千葉・松戸市 高野香代子(73歳)」「「米が買えない、スーパーで売っていない」と、シルバーカーを押しながら話すKさん。自転車でスーパーを5軒回ったTさんが「あと3日分は何とかなるが・・・」と肩を落とす。翌日Tさんに電話をすると「高いけどコンビニに残っていた1・8`1袋を買ってきた。米屋さんも早めに閉店していた」と話す。いつの時代の出来事?私も回ってみた。本当に売ってない!そんな時、東京の息子からも「ソーメンでも作って食べるしかない」とLINEが入る。生協からも「お知らせ」が。「猛暑の影響で在庫数が少なかった」「外食需要の急増」などが書かれていた。8月20日付「コメなぜ高騰」、22日付、「農民漣関東ブロックの交流会」、そして23日付「米品薄 客も店も悲鳴」の記事を読むにつけ、安心して国産米が食べられ、生産者に価格保障がされる農政を求めたい。食料自給率を高める政策への転換を望みます。」
「大震災前から町に防災組織」「仙台市 石井 美恵子(67歳)」「東日本大震災前から、当町内会では防災組織をつくっていました。2011年3月6日、町内会主催で、防災講話を行い、改めて備蓄や助け合いについて確認。個人情報の共有はどこまでできるのか検討することにしました。そして5日後の東日本大震災。津波被害のない小高い山の上の町内なので、ライフラインの断絶で困っていることへの対応をしました。安否確認、見回り、支援の必要な方への援助等々。毎年の防災訓練はコロナのため中止にし、安否確認の訓練はできるように努力してきました。今年、久しぶりに通常通りに行う予定。助け合いのできる町内づくりは大事です。」
(1日付けしんぶん赤旗「読者の広場」より)
米がスーパーにないと、よく耳にしますが、安曇川では、農家から分けてもらうので、その点心配はありません。さて、あっという間に8月も終り、気が付けば9月になっていました。この間、30日に私の72回目の誕生日があり、LINEなどでお祝いのメールをいただきました。もう、この年になるとめでたさも半減しますね。「写真は、京都鉄道博物館に行った時に、動体保存されているSLの運行です」
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