店長の徳島の旅A。
2011/12/26
高松道を善通寺ICで降り、国道32号線で池田町を目指しましたが、途中の「道の駅」で休憩を取ることにしました。「財田川(さいだがわ)」と何かで聞いた記憶がありましたが、「そうだ、強盗殺人事件でえん罪が証明されたのだ!」と思い出しました。「1950年2月28日、香川県三豊郡財田村(現三豊市)で、闇米ブローカーの男性(当時63歳)が全身30箇所を刃物でめった刺しにされて殺害され、現金1万3000円を奪われた。同年4月1日、隣町の三豊郡神田村(こうだむら)で、2人組による強盗事件が発生した。その事件の犯人としてA(当時19歳)ともう1人が逮捕された。この2人は「財田の鬼」と近隣で嫌がられていた不良組だった。警察はこの2人を殺人の容疑で取り調べた。」(ウィキーペディアより)それにしても、こんなのどかな田舎で起きた事件だけに住民は震え上がったと想像出来ました。しかしえん罪になったからには「真犯人」がいると言う事で、住民は何となくもやもやした気分だったでしょうね。「財田川よ、心あれば真実を教えて欲しい」と裁判官が表現したそうです。財田川から約30分で池田町に入りましたが、まだ午後2時過ぎだったので「今日中に、大歩危、小歩危を見ておこう」と話し、さらに南下しました。大歩危は想像していたより小さく感じましたが、この時期は水量が少ないからかもしれません。あいにく小歩危には、車が止められる場所が見つからず、ただ車窓から眺めるだけになってしまいました。時間も午後3時を回っていましたので、少し早いですが本日の宿舎である大歩危祖谷阿波温泉(おおぼけいやあわおんせん)「あわの抄(しょう)」に向かいました。ところで、安曇川では3日間雪が降り続き、現在の積雪は10p前後ですが、この冬初めて雪かきを行いました。嫁さんの情報では、マキノ町内の多いところでは60pはあるそうで、この位ならまだましやなと自分で慰めています。(写真は、財田川にある道の駅と、大歩危の風景です)
店長の徳島の旅@。
2011/12/22
6月に「グルーポン」で購入した徳島県三好市・池田町にある宿泊券の利用期日が迫っていたので、暮れもあと数日と言うときになって出かけて来ました。本当は、夏休みにと思っていたのですが満室で部屋が取れず、次は10月に予約したのですが私の体長が悪く、11月に変更したら父親が入院する事になり、12月が最後のチャンスになっていたので、もう先がないと行くことにしました。グルーポンは、先払いになっているので、行かなければ一泊5400円×3名分が損になってしまうので、「もったいない」と思いました。名神・京都東ICから中国道を経て明石大橋から淡路島に渡りました。出発する時、安曇川は時雨模様の雨が降り、こんな天気は憂鬱だなと思っていましたが、名神高速に乗る頃にはそんな心配が無くなり、雲は多かったですがお日様が顔を出し一安心となりました。平日なので、車の通行量も少なく、快適なドライブとなりました。ただ、やたらと道路工事がされていて、年末の帰省を控えての事だと思われました。行きは高松自動車道を利用して高松市内を目指しましたが「せっかく高松まで来たのだから、お昼は讃岐うどんにしょう」とサーブスエリアで昼食にしました。ここでは完全なセルフサービスで、うどんをゆでるのも「自己責任」となっていました。トッピングも多種類で、エビ天やかき揚げはもちろんの事「ごぼう天、イモ天、コロッケ、唐揚げ」など20種以上ありました。その他おむすび、いなり寿司、ただのご飯と続きます。最後に会計があり3人で1470円とは驚きの価格でした。私達は不慣れで時間がかかりましたが、ほとんどのお客さんは慣れた手つきで作られるので「はよせんか!」と怒られそうでビクビクしておりました。(写真は、名物の観覧車と、雄大な明石大橋と、香川県で見かけたポスターです)
暖かい話題を一つ。
2011/12/16
「「震災からの復興に役立てて」と、東京都中野区から宮城県女川町の魚市場に15日、フォークリフト1台が届けられました。届けたのは日本共産党中野地区委員会。党の支持者から地区委員会に被災地の支援に使ってもらいたいとカンパ100万円が寄せられ、何か形のあるものにしたいと相談。現地の党組織にも連絡し、魚市場に届けることにしました。荷揚げ能力2dのディーゼル・フォークリフト。女川魚市場の木村仁部長は「震災でマイナスからのスタート。一部で復旧工事も始まっていますが、加工業者、水産業界、魚市場が一体となって復興・振興するようがんばっていきます」と話しました。」(しんぶん赤旗16日付け)より。ところで、牛の肝臓(レバー)内から腸管出血性大腸菌O(オー)157が見つかったことが厚生労働省の調査で分かり生レバー提供の禁止される可能性が出てきました。店に来られるお客さんで(ほとんどが男性)「あの美味しいレバーが、もう、食べられないのは残念だ!」と嘆きますが、そんなに食べたいのなら、病気になる事もあるとの前提で、この際自己責任で判断してはいかがかなと思います。ちなみに私は、生レバーをほとんど口にしたことがありません。焼き鳥などでは、レバーの塩焼きなどは大好物で必ず注文しますが、火を通す事で安心です。さて、今日の安曇川は、午後2時の気温が4℃しかなく、時々雪が舞っています。今津町内では「吹雪いていたで」との情報も入って来ていますが、今夜が一つの山かも知れません。車のタイヤも交換したし、スコップも準備が出来たし、「いつでも来い!」との思いです。(写真は、初雪で白くなった比良の山々です)
皆既月食を見ました。
2011/12/12
12月10日(土)は、日本全国で皆既月食が見られると言う事で夜空を見上げた方が多かったのではないでしょうか?残念ながら、安曇川では雲が多く途切れ、途切れしか見る事が出来ず、少し残念な結果になりました。皆既月食で思い出すのは、中学2年生の頃に、夜に(当たり前か?)学校に集合し皆既月食を観察する事になりましたが、その日も雲が多く断念せざるを得ませんでした。ただ、みんなで作った「チキンラーメン」がとても美味しかった事だけが忘れられません。「皆既月食に続いて、今月は大きな天体ショーが二つあります。15日ごろが極大の「ふたご座流星群」と、23日ごろに極大を迎える「こぐま座流星群」です。皆既月食を見られなかった方も、まだまだ夜空を楽しむチャンスはありそうです。またこの時期の夜8時頃は、西の低い空に夏の大三角、高い空には秋の四角形、東の空に冬の大三角形と、夜空はにぎやかです。」(12日付けしんぶん赤旗より)あの、東日本大震災の発生より9ヶ月が経ちましたが、相変わらず「がれきの山」の光景を見ると、復興がまだまだ遠いような気がします。また、昨晩は「震災孤児」が1500名を超えるとお聞きして、大変驚きました。「この子が成人するまで、死ぬわけには行きません!」と語る祖母の言葉に涙が出ました。さて、今年の漢字一文字は、「絆」と決まりましたが大方の方の予想が当たっていましたね。(写真は、欠ける始めの月と、ほぼ隠れた月と、暗くなった夜空です)
原発事故で思う事。
2011/12/09
福島第一原発の事故は、「予期せぬ津波」で起きたと東電は発表しましたが本当は設計上のミスも重なったと思います。私が気に入らないのは、事故後の処理も事故を起こした東電任せにしている事で、例えば「交通事故」を起こした当事者に、その後の運転も任せる事などありえないと思いますがいかがでしょうか?政府が指揮を執り、国内外の専門家を集めて知恵と技術を結集すべきだと思います。何故、いつまでも東電に任せているのか?また、東電が今年の予算が底をついたからと現場の作業員を大幅にカットしたとも伝えられています。一日も早く、収束したいのに東電の会計次第で作業員を減らすとは本末転倒ですね。原発の立地条件に活断層が無いことになっていますが、美浜原発のある丹生(にゅう)地区の漁師さんによると、「今は島になっているけれど、わしのおじさんの頃は陸続きだったそうやで」と話されました。この辺の地盤は「白木(しらき)断層」が走っており、あの有名な一度も発電で出来ていない「もんじゅ」もその延長線にあります。科学的に調査して誘致したのではなく、地元民の反対の少ない所に誘致したのが本音だと思います。さて、今日の安曇川は、朝から雪混じりの雨が降り、午後2時現在の気温が4℃しかなく寒く感じます。これを初雪と言うには、どうかと迷いますがそろそろ「雪用タイヤ」に交換した方が良さそうです。(写真は、北陸自動車道・杉津(すいつ)サービスエリアから見た敦賀湾と、愛のハートロックと書かれた沢山の鍵が並んだ棚です)
丸岡温泉・「たけくらべ」に行きました。
2011/12/04
平日は嫁さんの議会が入っているため、4日(土)に「後ろ髪引かれながら」臨時休業して福井県・坂井市にある丸岡温泉・「たけくらべ」に行って来ました。丸岡と言えば「一筆啓上」の里とも呼ばれ、徳川家康の功臣、本多作左衛門重次が陣中から家族に宛てた「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥せ」と書きました。これにちなんで毎年「一筆啓上賞が催されています。「たけくらべの由来」坂井市の東部、竹田川の上流に仲良く前後に並んでいるかのような山があります。遠くから眺めると、まるで互いに背丈を競っているように見えるためか、昔から「丈競べ山(たけくらべやま)」と呼ばれ付近の住民から親まれてきました。(リーフレットより)丸岡市内から13`も山奥にあり、走っていて熊やイノシシや鹿でも出てきそうで慎重に運転しました。所々に雪除けのアーケードが設置されていて、冬は相当の豪雪地帯になると想像出来ました。温泉は、決して豪華ではなく大浴場があるだけでしたが、成分が柔らかくお湯に溶け込んだ源泉を100%利用しているので、乳児、幼児、お年寄りにも優しい温泉です。館内には宿泊施設もあり、食堂や売店や休憩室も完備されています。 〒910−0204 福井県坂井市丸岡町竹田88−8 рO776−67−2333 車では、北陸自動車道福井北ICから国道364号線(山中温泉に至)が便利です。私達は、丸岡ICから来ましたが、道が細くカーブも多いので時間がかかりました。 なお入浴料は大人500円、身障割引400円でした。なお定休日は年間を通じてほとんど無く、ほぼ無休と言って良さそうです。温泉に入浴後、丸岡城に立ち寄ろうとしたのですが、あいにくの天候でまた日を改める事にして、北陸道を走り敦賀市内に戻って来ました。(写真は、一筆啓上の暖簾と、ホールの和紙で出来た照明と、丸岡温泉・「たけくらべ」の全景です)
初めて「いとこ会」をしました。
2011/11/28
4月に、母親の兄が亡くなり49日の法事で誰からともなく「いとこ会」をしないかと声が上がり、それぞれの色々な都合ありましたが、何とか開催にこぎ着けました。場所は、京都駅前の居酒屋で「京都竹取物語」という個室が完備されていて、安心して飲めるのと言う事で決めました。聞く所によると、最近は個室があると予約が入るらしく、「個室流行」だそうです。この日も、20室ほどあるすべての個室が満室で色々なグループが盛り上がっていました。この日の京都は、観光客が多く駅周辺も大混雑で、身動きが取れない位で人混みに疲れました。宴会まで時間があったので、今まで何度か京都駅に降り立っているのですが、「JR伊勢丹」には入った事がありませんでした。関東の百貨店の商売はどうなのか「見聞」の為、最上階まで見て回りましたが、設備は整ってはいますが商品構成はあまり頂けなく感じました。肝心の「いとこ会」の参加者は7名で、「おっさん」ばかりの顔ぶれですが「葬式、法事」などで会うのと違い、楽しく過ごせました。小中学校の頃は、1年違えば少し遠慮があり、2年違えば雲の上の人で話したことも少なかったように思います。それが、60歳前後の今になったらどう言う分けかその年齢差が感じられなくなりました。古いアルバムの写真を見ながら、「あ〜っ、それ覚えているわ」「その時、俺もいたはずや」「あんたは、大阪万博でテンガロンハット買ったやろ」などと、話しがどんどん広がります。あ〜っと言う間に3時間の宴会時間が終わり、少し千鳥足になりながら外に出ました。店の前で「記念写真」を撮りましたが、なんと6枚も写したのにみんなピンボケでした。まだ時間も午後8時過ぎで、別れるには早いから「もう一軒行こう」と意見がまとまりましたが、行く店、行く店で満員ですと断られました。ようやく6軒目にして、「午後9時までですよ」と言われましたので、ビールとラーメンと餃子を注文しました。「ラーメンが美味しいな!」と話しながら、次回の幹事を決めて握手しながら別れました。「いとこ会」の幹事をさせてもらい、無事終わったせいか2〜3日は「ぼーっと」過ごしていましたが、今度は中学校のミニ・同窓会を引き受ける事になり、俄然元気が湧いて来ました。(写真は、いとこ会の様子と、伊勢丹から見えた大きなクリスマスツリーです)
和紙の里と余呉湖。
2011/11/24
手漉き和紙の実演が見られる和紙の里ですが、ここも数年まえに洪水になり壊滅的な打撃を受けたとニュースで見ました。あれから数年で、ほぼ元通りに再建され観光客もボチボチと見られるようになりました。前回来た時に、手漉きされているご主人と会話が弾み「うちの妹が堅田に嫁いどるねん」「だから、ちょくちょく滋賀県に行くで」「あんたも、やってみないか?そんない難しい事ではないで」と言う事で試してみると「なかなか筋が良いで。あんた俺の跡継ぎになってくれんか?」と言われましたが「もう少し若かったら良かったけど、もう勉強する時間がないわ」と丁重にお断りしました。今回もご主人が元気そうに手漉きをされている姿が見えましたが、声をかけるのは遠慮しておきました。まだ、午後2時前でしたが最近は日暮れが早いので、帰路につくことにしましたが国道365号線(通称北国街道)を利用して今庄から木之本へ出る事にしました。途中、余呉高原スキー場を抜ける難所の道路ですが紅葉が綺麗だったので、思わず車を止めて見入ってしまいました。これから冬になると積雪情報で必ず出てくる「余呉町・柳ヶ瀬」の集落を通り余呉湖の湖畔に到着しました。まだ、名物の「わかさぎ釣り」が始まっておらず、北から渡って来た水鳥がいるだけで淋しい風景でした。ここにも「天女」伝説があり、それらしい銅像が建っていましたが道から離れていたので断念し、国道8号線から西浅井町を経由してマキノ町から帰りました。(写真は、和紙の里と、余呉高原の紅葉と、静かな湖畔の余呉湖です)
「熊出没中注意」の看板。
2011/11/21
「ラポーゼかわだ」で昼食を済ませ、さてこれからどうしようかと思案していたら案内板に、ここから山中に1,6qの場所に「桃源清水」と言う湧き水があると書いてありました。ちょうどペットボトルも積んで来ましたので、どんな場所か知りませんが行ってみることにしました。道路はどんどん狭くなって来て、1台がやっと通れる幅しかありませんが、幸い対向車もなく10分ほどで到着しました。車を降りて真っ先に眼に入ったのが「熊出没中注意」の看板で、思わず辺りを見回しましたが、幸い近くにはいないようです。それでも落ち着かず、カーナビの音楽の音を大きくして、「人間が近くにいる」事を知らせる様にしました。すべてのペットボトルに湧水を汲むのに10分とはかからなかったと思いますが、何だか落ち着かなくそそくさと立ち去りました。「熊と出くわしたら背中を見せず、後ろずさりしないと襲われるそうやで」「でも実際に出くわしたら、そんな余裕など無いやろう」と車内で会話をしておりました。再び「ラポーゼかわだ」の前にたどり着いたら、向かいに「メガネ工場」の看板が出ていましたので、のぞいて見る事にしましたがメガネが並んでいるだけで人影はありませんでした。「こんな山奥でもメガネに関わる人がいるのやね」と半ば感心しておりました。この後は、何度か訪れている南越前町(旧南条町)の「和紙の里」を目指しました。さて、今日の安曇川は「高島時雨」で、ほぼ一日中雨が降り、最高気温が10℃位しか無く、この冬初めて、エアコン以外に石油ファンヒーターを使う事になりました。(写真は、誰もいない桃源清水の光景と、メガネ工場の看板が出ていたお店です)
漆器は高くて手が出ません。
2011/11/18
16日(水)は、2週間ぶりにお休みを頂き敦賀市方面に車で出かけましたが、今回はまだ一度も行っていない福井県内の温泉を一つ一つ無くして行こうと決めていました。福井市内に3軒、丸岡1軒、そして鯖江市に1軒ありましたが、今回は最も近い鯖江市に向かいました。途中国道8号線から「さざなみ街道」を走り、南越前町(旧河野村)に出ましたが、あちらこちらで「蟹解禁」の幟が出ていて活気付いている様でしたが、雄ガニが一匹3万円以上はするので庶民(貧乏人)には手が出ません。今週の18日(土)〜19日(日)にかけて、「越前カニ祭り」が行われるそうで、「カニの味噌汁」が無料で振る舞われるそうです。越前海岸に別れを告げて、一路鯖江市東部にある越前「うるしの里」会館に向かいました。「うるしの里」会館に来るのは今回で3〜4回目になりますが、旧館は何年か前の洪水で流され、新しい建物に生まれ変わっていました。漆塗りの品物は素晴らしいのですが、お椀5客が226000円では、とても手が出ず800円の箸を買い求めました。ここからさらに10分ほど山間に入った所に、今回入浴する「ラポーゼかわだ(河和田)」がありました。かわだ温泉は全国でも珍しい混合泉で、肌がすべすべになる「重曹泉」と動脈硬化防止に効能がある「芒硝泉(ぼうしょうせん)」が同時に含まれる日本でも数例しかないという珍しい温泉です。一人で露天風呂に入っていると、庭の向こうから熊でも出てきそうな雰囲気です。ラポーゼとはフランス語で、「一休みする」「やすらぐ」という意味だそうです。「ラポーゼかわだ」〒916−1235 福井県鯖江市上河内町19−37−2 рO778−65−0012 休館日 奇数月の第一火曜日 交通アクセス (自動車)北陸自動車道鯖江ICより約15分(10q) JR鯖江駅より約20分(12q) 入浴料大人500円でした。なお、館内には宿泊施設やレストランが整備されていて立派な施設です。サブタイトルに「鯖江市農林業体験実習館」と付いていて地元に食材を使った体験教室やバーベキューもあるそうです。私の入浴した感想は、何時までも体が暖かく、今まで行った温泉の中ではベスト3には入りそうです。ちょうどお昼だったので、レストランで日替わりメニューを頼んだら、「鶏の丼」と「ミニ刺身の盛り合わせ」と「ほうれん草のごま和え」と「味噌汁」と「お漬け物」が付いて980円で大満足でした。(写真は、漆塗りのエレベータの扉と、漆の里の案内板と、ラポーゼかわだの玄関です)
新規
修正
Copyright (C) 2006メガネ・補聴器のフクイ. All Rights Reserved.