メガネ・補聴器・光学用品専門店・気軽に何でも相談・滋賀県福祉法指定店
メガネ・補聴器のフクイ メガネ・補聴器のフクイ
メガネ・補聴器のフクイ トップ 紹介 掲示板

menu前ページTOPページ次ページspace.gifHOMEページ
薄毛が気になります。
2015/05/21

私ごとで申し訳ありませんが、50代の半ばから頭髪が薄くなりとても気になるようになりました。30代までは、どちらかというと頭髪が多くパーマをかける時期もありましたが、あれが悪かったかもしれないと反省しています。テレビや新聞の広告を見ては、「これは効くかもしれない。」と思い、あらゆるメーカーの商品を試しましたが目に見える改善はなく、少しずつですが悪化しています。それでも、懲りずにまた良く効くという効能に騙されて?買ってしまいます。居酒屋でも、同じ悩みを持つ知人が「あそこのは、あかんで。」と言われ、「今まで、買った商品で良いのは無かった。」と言う話になりました。理髪店では、「父親は、70代まではふさふさやったのに。」と話すと、「髪の毛は、お祖父さんの遺伝になる事が多い。」と言われ、仏壇の写真では、「つるつる頭」だったのを思い出し、ぞっとしています。私は血糖値が高いので、時々内科医院に行きますが「先生、血糖値が高い事と、薄毛は関係ありますか?」とお訊きすると、「さあ〜、今までそんな質問が無かったけど、調べておきますわ。」とのお返事でした。しかし、それから何度も内科医院に行きますが、忘れられているのか明確な答えがありません。もう一度訊ねる勇気も無く、今はただ我慢の日々を送っています。あっさりと長髪を止めて、丸坊主にでもしようかなと思いますが、それでなくても悪い人相がより悪くなるので、それはそれで悩むところです。「誰か、良く効く育毛剤があったら教えて下さい!」さて、昨夜は疲れが溜まったので、お店を早じまいして「朽木温泉・てんくう」に行って来ました。ここに来るのは、昨年11月の「ミニ同窓会」以来だから6ヶ月ぶりになります。浴室に入ると、友人のHさんとバッタリ出会い、しばらく世間話に花が咲きました。一人になってから、雨に打たれながら露天風呂を楽しみましたが、村の家々に灯がともるのに郷愁を感じました。風呂から上がると、「とちもち」をお土産に、飛び出してくるシカに注意しながら帰路に着きました。(写真は、てんくうの由来の天狗と、家で咲いたぼたんの花と、これが大きくなる頃七夕の笹になる破竹です)

6月のNHKスペシャル。
2015/05/18

「6月に放送されるNHKスペシャルを紹介します。「2億年前に生まれた”母の愛”」「生命大躍進第2集 そして”母の愛はが生まれた」(6月7日 夜9時)。最新のDNA研究で浮かび上がってきた進化のドラマを描く「生命大躍進」シリーズ。今回は、わが子を思う「母の愛」の誕生に迫ります。今からおよそ2億年前、卵を産んだらそれで終わりだった祖先たちが、突如として献身的な子育てを始めました。それが、人間ならではの深い母子愛になるまでつながった裏側には、祖先のDNAに起きた大異変がありました。地球最初の生命から受け継がれているDNAは、人間の祖先にあたる古代生物たちの進化の痕跡が残されています。信じがたい幸運や、大絶滅といった波瀾(はらん)万丈のドラマの末に、進化の大躍進を成し遂げてきた物語を届けます。」「民間人を巻きこんだ「沖縄戦」」「沖縄戦 全記録」(6月14日 午後9時) 太平洋戦争中、多くの民間人犠牲者を出した「沖縄戦」。なぜ9万人を超える住民の命が奪われるに至ったか。新たに発掘した軍関係の資料や戦死者の記録などを分析。米軍が撮影した未公開フィルムと1000本にのぼる住民たちの生々しい証言テープで沖縄戦を再構築します。日本軍は沖縄戦を、本土進攻までの時間稼ぎと考え、女性や子どもまでも戦場に動員した結果、住民の犠牲が激増しました。アメリカ軍は、日本軍に手を焼き、攻撃は民間人にまで無差別になります。日米の兵士たちを狂気へと追い込み、島を住民の血で染めた、軍民一体の地上戦の実態に迫ります。」(18日付けしんぶん赤旗「テレビ・ラジオ」覧より) どちらも、なかなか内容の話なので、見逃すことのないようにしたいと思っています。ところで、昨夜の午後9時からの「NHKスペシャル」「廃炉への道2015}を見ましたが、事故から4年も経つのにほとんど進んでいないと実感しました。人間だったら1時間で死に至る高濃度の放射能で、ロボットに活路を見いだそうとするのですが、思うようになりません。あまりのふがいなさに、途中で見るのを止めてしまいました。さて、昨夜の都構想の投票結果、反対票がわずかに上回り、計画は白紙になりました。私は、市民ではないので(かつてはそうだった)投票権がないのですが、やはり反対票に入れたでしょう。それにしても、ここまで接戦になるとは思いませんでした。(写真は、鞠山・海釣り公園で火力発電所の設備を点検する船と、道の駅・三方五湖でカブトムシの幼虫が売られていたカゴと、この日に買い求めた2枚760円のスルメです)

メガネが事件の解決になった。
2015/05/15

今から、40年以上前に阪急・東商店街のコンビニで「強盗・殺人事件」が起き、犯人が逃走する時に残した遺留品がビニール傘とメガネでした。当時の私はメガネの販売の会社にいて、刑事が持参したメガネが当社の物だったので、話に参加しました。ビニール傘は中国製で100万本もあり手がかりにならず、唯一、メガネが犯人に結びつく証拠品でした。メガネの度数や隠しマーク(レンズの内面にある)でメーカーが判明しました。次に、加工されたヤゲン(レンズの山)で、どのメーカーの加工機かが分かり、かなり絞られて来ました。さらに、よく見るとフレームに修理された形跡があり、自分が修理した仕事だと気がつき、修理台帳を探したところ、奈良県・天理市にあるK眼鏡店からの依頼品でした。ここまで来れば、後はメガネ店にある顧客名簿で購入者が分かります。この様にして、約1週間後に犯人の逮捕に結びつきました。再び刑事が訪ねて来て、「さすがにプロですね。驚きました。」と言われ、金一封と感謝状を頂きました。金一封の方は、その日のうちに居酒屋での宴会に消えてしまいました。さらに、今から20年程前、高島市内でも窃盗事件があり、当時の今津警察(現高島警察)の刑事がやって来て、再びメガネを持参して来ました。「これから何か分かりますか?」と訊くので、メガネの度数、レンズのメーカー、さらに従事している仕事が土木業でしょうと答えました。「なぜ、そこまで分かるのですか?」と訊くので、「レンズのカラー濃度が25%と濃く、一般にはあまり使われません。」「しかも、レンズの表面に細かい石でも当たった痕跡があるので、間違いないでしょう。」と答え、「今はメーカーも出荷したレンズをコンピュータで管理しているので、この様な乱視の強いレンズはそうそう出ないでしょう。」と感じたままを言いました。ところが、何を思ったのか、近所のAさんの事を、「あの人は仕事もしないでブラブラしているけど、どんな人や?」「Aさんは、メガネを使っていませんよ。」「じゃあ、Bさんはどうですか?」と訊きます。「あんたら、もっと科学的に調べたらどうや?」と言いましたが、「それはそれで調べますけど。」とのお返事でした。「私たちは過去に、強盗・殺人事件を解決したことがあるんやで。」「そんな調べ方をしていたら冤罪を生むで。」と反論しておきました。その後、偶然に今津警察に行く機会があり、担当の刑事を見かけたのでお訊きすると、「まだ、犯人の逮捕に至っていないです。」とのお返事でした。きっと、私が刑事なら犯人にたどりつけていただろうなと思いました。さて、安曇川では、朝は「ヨシキリ」のけたましい声で目が覚め、夜はカエルの合唱で賑やかです。野鳥に詳しいK君が、「今年も、アマサギ(頭が茶色の渡り鳥)を見かけないな。」「九州まではやってきてるらしいけど、関西には来なくなったな。」とのお話でした。これも、地球温暖化の影響かもしれませんが、昨年は6月以降に見たので、ゆっくりと旅をしているのかもしれません。(写真は、道の駅・追坂峠で見かけたツバメと、何も釣れんわとぼやく鞠山・海釣り公園と、久しぶりに行った敦賀・きらめき温泉「リラ・ポートの外観です)

「冤罪」と呼ばれる事件B。
2015/05/12

愛知・豊川幼児殺害事件・身を削る毎日です 田邊雅樹さん「02年、豊川市内の幼児の誘拐、殺人事件で、田邊さんが逮捕・起訴。一審無罪、二審で逆転有罪。最高裁で懲役17年が確定。再審準備中。大分刑務所。」「最近の刑務所での生活は、厳しい寒さでしもやけになり、手紙や面会の制限もされており、不自由な生活であります。受刑者となって丸7年、身を削るような苦しみの日々です。一日も早く私の無実が証明され、従来の生活に復帰したい気持ちでいっぱいです。再審無罪を獲得できる事を心から願っております。」この事件も、テレビなどで放送され世間の注目を浴びた事件です。はっきりとした記憶が無いのですが、遺体を海に投げ入れたとの事ですが、犯行時刻は干潮で海水が引いていたはずなのに、海に流されたとなっています。しかも、幼児とは言え、体重が10`を越えているのに、投げ入れるには一人での犯行には無理が無理があります。滋賀・日野町事件・父を助けられず 阪原弘(ひろむ)さんの遺族 弘次さん、美和子さん、則子さん「84年、阪原弘さんが強盗殺人事件の犯人とされ、無期懲役が確定。再審請求するが11年3月に阪原さんが亡くなり、審理終結。12年3月、遺族が大津地裁に再審請求。」「監獄に繋(つな)がれている父を救い出して、昔のように仲良く暮らす。ただそれだけのことが叶えられず父は逝ってしまいました。30年もあまりの長い間、無実を叫び続けていた父を助けられずに。」滋賀県内で起きた事件だけに、知識はある程度ありましたが、これほど矛盾に満ちた事件はありません。事件から1年以上経ってからの突然の逮捕でしたが、犯行推定時には友人宅で飲食していたとのアリバイがあります。友人の奥さんの証言に対し、警察は「ず〜っとそばにいたのか?」「一時でも目を離さなかったのか?」と問い詰めます。犯行目的も、酒屋さんの金銭を奪うためと言われていますが、当時の阪原さんには、2000万円を超える預貯金がありお金には困っていませんでした。犯行後、一人で女主人を軽トラックの荷台(幌はなかった)に載せ、一人で遺体を崖から遺棄したと言われています。白昼に荷台に人が横たわっていたら、誰かの目に止まるはずなのに目撃者はありません。今回の資料は「救援新聞」から抜粋させて頂きましたが、ここに書き切れないほど「冤罪」があります。「日本国民救援会」〒113-8463 東京都文京区湯島2ー4ー4 平和と労働センター内 п@03ー5842ー5842 皆さんもお近くの支部に入り、「冤罪」で苦しむ人々に手をさしのべませんか? さて、台風6号が近畿地方に接近中ですが、大きな被害が無ければ良いなあと思っています。明日は、長女が帰省するので2週間ぶりにお休みを頂き、どこかの温泉に入りリフレッシュして来ようと思っています。(写真は、1台500万円以上するトラクターと、お花が絶えないお地蔵様と、綺麗に咲いたシャクナゲの花です)

「冤罪」と呼ばれる事件A。
2015/05/10

宮城・仙台北陵クリニック事件・真実広げて下さい 守大助さん「01年、准看護師の守さんが患者5人の点滴に筋弛緩剤を混入したとして、殺人罪などで無期懲役が確定。12年再審請求。14年3月請求棄却。現仙台高裁。」「私は絶対に筋弛緩剤を混入していません。私は無実です。事件の真実を、皆さんのお力で広げて下さい!全国から仙台高裁へ署名をどんどん届けて下さい。」この事件も当時のマスコミは、犯人を逮捕して事件は解決したと言うような報道がされましたが、その後は一切報道せず無責任さを感じます。秋田・大仙市事件・事実と無関係です 畠山博さん「06年、大仙市の道の駅の駐車場で交際中の女性の4歳の息子を暴行、女性に殺害を指示したとして起訴。09年に懲役16年が確定。再審請求準備中。山形刑務所。」「私が無実であることを、より多くの方がたに知って頂き、支援をお願いたいと思っています。しかし、次第に事件のことが風化してきています。私は事件と無関係である事を、どうか信じて下さい。」この事件に関しては、私自身が無知でありますのでよく調べたいと思います。福井・福井女子中学生殺害事件・司法取引が増える 前川彰司さん「86年、女子中学生を殺害したとして起訴。一審無罪、二審逆転有罪、最高裁で懲役7年が確定。11年に再審開始決定。14年最高裁が特別抗告棄却。現在、再審準備中。」「何の証拠も無くして、30代の一番の働き盛りを私は刑務所に服役しました。覚醒剤と窃盗の容疑で拘束されていた暴力団員が、我が身の量刑の見返りに、私が事件の犯人であるとの虚偽供述を警察に吹聴したのが事の発端です。」この事件ほど腹立たしい事件は無く、暴力団の供述が信用されて、一般人が逮捕されるという内容です。しかも、犯行時刻と推定される時間には家族と一緒に食事をしていたとの飲食店主の証言あもるのにです。お隣の県の事だけに、他の事件に比べ関心があります。この様な「冤罪」と呼ばれる事件の裏側に「真犯人」がいることを考えると、いささかぞっとします。さて、今日の安曇川は、天気は良いのですが、午後から風が強くなり「湖西線は大丈夫かな?」と思ってしまいます。(写真は、祭りの幟がまぶしい近所のお宮さんと、大きな藤の樹から咲いた花と、アリの目線から見た草むらです)

「冤罪」と呼ばれる事件@。
2015/05/07

私は、今から10年程前「日本国民救援会・高島支部」と呼ばれる会に入会し、いわれない罪に苦しむ人々の応援する組織がある事を知りました。「冤罪(えんざい)」がなぜ起こるのかを学び、知れば知るほど理不尽な事が多くありました。その中でいくつかを紹介したいと思います。冤罪被害者たちの声ー「私は無実です」@三重・名張毒ぶどう酒事件・54年無実を訴える。「61年、ぶどう酒に毒物を混ぜ、5人を殺害したとして奥西勝さんの死刑判決が確定。15年1月、第8次再審請求異議審で名古屋高裁が不当判決。現在、最高裁。」この事件の特別面会人である稲生昌三さんのお話を直接お聞きする機会があり、混入された農薬が「ニッカリン」とは成分が違うことがわかり、たまたま奥西さんの自宅にあった「ニッカリン」とした事に無理がありました。集会後、懇親会が行われましたが、「なぜ、他人のことにそこまで頑張れるのですか?」とお訊きすると、「正義しかないでしょう。」と答えられていました。A静岡・袴田事件・未だ死刑囚のまま「66年、強盗殺人・放火の犯人として袴田巌さんの死刑が確定。第2次再審請求で14年3月、静岡地裁で再審開始と刑の執行停止決定。検察が即時抗告し現在、東京高裁。」「袴田事件というものはそもそもありゃせんことだ。事件が無いんだ。国家の捜査、警察、検察、裁判所の捜査もないんだ。裁判も監獄もないんんだ。死刑囚じやねえんだ。」これは記者会見で、巌が発言した言葉です。(姉・袴田ひで子さん)この事件は、大きくテレビなどで取り上げられ、まだ記憶に残っている方も多いと思います。そもそも、味噌樽から出てきた犯行に使われた時の下着が小さすぎて、袴田さんのサイズに合わないのに、「事件後、縮んだ?」と言う検察官でしたが、事実を証明すると「縮まなかった。」事が証明され仮釈放されました。B大阪・東住吉冤罪事件・勝利と釈放をつかむ「95年、青木さんと朴(ぼく)さんが、長女の保険金目当てで自宅に放火し長女を殺害したとして無期懲役。12年3月再審開始決定。検察の抗告により現在大阪高裁で抗告審。」この事件も、大阪のローカル局(毎日放送)が取り上げていましたが、犯行を再現するとガソリンを床にまけば自らが逃げ切れず火だるまになってしまう事が分かりました。弁護側の証明によると、軽トラックのガソリンのフタからガソリンが漏れ、風呂場のタネ火に引火したとのの事の方が合理的でした。今回は三つの事件を書きましたが、まだまだ冤罪はありますので次回も続けたいと思います。さて、ゴールデンウィークも終わり、他府県ナンバーで混雑していた安曇川にも静けさが戻って来ました。私も5日の午後からお休みを頂き、2歳6ヶ月になった孫と楽しく過ごすことが出来ました。この時期、言葉の数が増え、意思の疎通が出来て面白いです。(写真は、綺麗に咲いたツツジと、沖田区にある小さなお宮さんと、小浜の道の駅で見つけたユルキャラです)

「盲ろう」のハンディを背負ったお母さん。
2015/05/04

昨夜、午後9時から放送された「NHKスペシャル」は、丹後の里山に生きる夫婦の物語でした。50代になって結婚され、現在は60代の後半になられていますが、奥さんは生まれつき耳が聞こえず、さらに成人になってから目の視力が徐々に失われ、「見えず聞こえず」のハンディを背負っています。しかし、そんな悲観的な姿では無く、前向きに生きる姿に感動すら覚えます。意思の疎通は、手のひらに文字を書いたり、手話と思われる身振り手振りで行います。何よりも、笑いが絶えない生活ぶりで、お父さんをリードすらする事が多いそうです。人々が離農するような里山に、福寿草が咲き乱れる光景は、懐かしさを感じさせます。たった50分の放送でしたが、中身の濃い話だったので再放送をしてもらいたいなと思っています。さて、「野崎参り」の事でもう一つ忘れていたのが、「傷痍軍人」と呼ばれる人がアコーデオンを持ち、軍歌を演奏しながら募金を募っていました。その姿が鮮烈で、思わず、わずか10円ですが募金しました。帰って父親に話すと、「国から補償金が支払われているので、そんなことする必要がないはず」と言われました。さすがに、戦後70年も経つので、もうそのような人はいないと思いますが、「反戦」を意識したのも事実です。今日の安曇川は、気温も上がらず曇りがちで時々小雨が降っています。地元の「田中祭り」で盛り上がるはずが、水を差すようで気の毒な天気です。もう少ししたら、「子供会」の御輿が店の前を通りますので撮影したいと思っています。明日は、「子どもの日」で、孫か来ると言うので午後からはお休みにしょうと思っています。(写真は、今年も咲いた藤の花と、この時期になると見られる毛虫の大移動と、近所の畑で見かけたネギ坊主です)

野崎参りの時期ですね。
2015/05/02

伝説と歴史の舞台を歩く 野洲川「1993年に多賀町で古代アケボノゾウの全身骨格が発見され、多くの人々を興奮させた。その5年前には、野洲川の河川敷でアケボノゾウの足跡化石が大量に発見されていたのだ。甲賀市の水口から湖南市にかけての野洲川中流域は、約200万年前にあった古琵琶湖層群と呼ばれる地層が露出する希少な場所。2004年には台風の影響で河床の土砂が流され、露出した粘土層から鮮明なアケボノゾウの足跡化石が新たに見つかり、大きな話題となった。アケボノゾウはステゴドン科の小型ゾウで日本の固有種。化石は日本各地で発見されているそうだが、このあたりを古代ゾウが闊歩(かっぽ)していたと想像するだけで、わくわくする。場所は湖南市岩根の新生橋付近の河川敷。案内等はないので水際をじっくり観察してみたい。激流に削られたと想われる地層が露出し、周辺では粘土質の層が段上になって、大小のくぼみがいくつも確認できる。風化して形が不鮮明のため、それが足跡化石なのかどうか、素人には判別しかねるが、思わず時間を忘れて霧中になってしまいそう。水位の変化で地層の露出状況が変わることもある。常に観察できるわけではないので念のため。また、雨天、ダムの放水等による急な増水にも注意が必要だ。」「野洲川ではゾウやシカの足跡、ワニの歯などの化石の他に、メタセコイヤなどの植物化石も見つかっている。足跡化石メモリアルパークでは当時野生していた種類も見ることができるので要チェックだ。」(クラブケイブン4月号より) 多賀町のアケボノゾウの発見された場所に記念碑が建っているので知っていましたが、野洲川の事は今回初めて知りました。次回にあの付近を通ったら、「足跡化石メモリアルパーク」に立ち寄りたいと思います。さて、高島市では春祭りが相次ぎ、明日の3日は地元の田中祭り、3日〜4日にかけて高島町の大溝祭り、それから新旭町の七川祭りと続きます。そんな事を考えていたら、「野崎参り」もこの時期だった事を思い出しました。小学生から中学生の頃は、わずかしか無い全財産を持って出かけました。ほおずきを鳴らしながら販売するすおじさんを不思議そうに眺めたり、モズクガニの販売されているのを横目で見たりしました。豪華な景品が当たるような紐を引いたりしましたが、当たったためしも無いのに毎年やりました。あれって、今考えると紐とつながっていなかったのではないかと思います。毎回必ず買ったのは、「ヒヨコ釣り」で、家に持ち帰り電球で暖めながら育てましたが、1ヶ月以内に死んでしまいました。あの野崎参りから50年以上が経過しましたが、今も賑やかに行われているのでしょうか?久しぶりに訪ねてみたいと言う衝動にかられています。(写真は、水晶浜から見た美浜原発と、その近くにある丹生地区ののどかな景色と、防波堤の向こうに見えるもんじゅの建物です)

今日からゴールデンウィークですね。
2015/04/29

ゴールデンウィークに入ると混雑するからと、28日(火)は一日前倒ししてお休みを頂き敦賀市方面に出かけて来ました。いつもの「鞠山・海釣り公園」に立ち寄りましたが、釣り人は少なく釣果がないのが一目で分かります。釣れているのは「子フグ」ばかりで、釣り場一面にフグが捨ててあります。何が釣れているのかバケツの中を覗くと、魚ではなく大きな「ナマコ」が入っていました。「これって釣れたの?」と嫁さんが訊くので、「時々餌に食いつくことがあるけど、投げ釣りでハリに引っかかったのかも」と答えておきました。今日は火曜日なので、いつも水曜日が定休日である「しきぶ温泉・湯楽里」に決めて、国道8号線から「しおかぜライイン」を利用して、越前市(旧武生市)を目指しました。午前11時に到着し、早速温泉に入りましたが、平日なので入浴客も少なくゆっくりと入る事が出来ました。風呂上がりの最大の楽しみである昼食ですが、館内のレストランで済ませる事にしましたが、長女は珍しく「エビ天の盛り合わせ」を選びました。もちろん、食後のコーヒーも欠かせません。「湯楽里」の周りは、杉林で囲まれていますが、「花粉」がほとんどなくなりピークは終わったようです。ここから、国道365号線(旧北国街道)を利用して、南条〜今庄を経由して敦賀市内に戻って来ました。「そうだ!久しぶりに美浜原発を見に行こう」と言う事になり、海水浴で有名な「水晶浜」に向かいました。浜はすっかり夏気分で、水遊びする人も見られ、「明日からは大勢の人で賑わうのだろうな?」と思いました。美浜原発も完全に停止しているはずなのに、色々な車両と作業者が出入りしています。「原発が止まっても、数十年間は作業を続けなければならないので、すぐに過疎化する事はないそうや」と嫁さんが解説します。ここまで来たら、せっかくなので高速増殖炉「もんじゅ」のある敦賀市・白木地区まで足を伸ばしました。ここも、美浜原発と同じで、停止しているはずなのに沢山の作業員が出入りしています。ちょうど、敦賀半島の先端部にあたるのですが、綺麗な日本海とひなびた漁村に不似合いの景色です。海の透明度は高く、3メートル以上の深さまで海底が見え小魚が泳ぐ姿が手に取るようにわかります。「あれが(もんじゅ)無かったら、この地区はどうなっていただろう?」「もっと過疎化がすすんだやろうか?」なんで考えてしまいます。時計を見ると、午後3時になっていたので、急いで国道27号線まで戻り、途中国道162号線を利用して小浜市内の出ました。小浜市新港の波戸では、数人の釣り人がいて「鈴なりに釣れたコアユ」を嬉しそうにバケツに入れていました。もう午後4時も過ぎていたので、急いで帰路に着きましたが、天候に恵まれ楽しい一日を過ごすことが出来ました。(写真は、どうして釣れたか知らないがナマコが入ったバケツと、釣り場に捨てられた?子フグの集団と、湯楽里で記念撮影する嫁さんと長女です)

福知山線・脱線事故から10年。
2015/04/25

「折れ曲がった車両と大きな鉄板。その間で押しつぶされて、重なり合う人びと。日常に起きた出来事を受け入れがたい思いが、無表情の顔からうかがえます。あの日。2両目の車両にいた小椋聡さんが事故直後の様子を絵に表しました。小椋さん自身、右足を座席や乗客の体に挟まれて動けない状態でした。聞こえてくるうめき声や叫び声。凄惨(せいさん)な光景を描いたのは「理不尽にも多くの命が奪われた現場を伝えたかった」。事故当時、大阪芸大の3年生だった福田裕子さんの絵には苦悩がにじみ出ます。墨汁をぶちまけ、もやもやとした背景の中にたたずむ動物と横たわる人体。1両目で大けがを負った彼女は復学してから人物画が描けなくなりました。モデルを直視できず、手も動かず涙まで出てくる。車内で感じたいろいろな感触がよみがえってくるからです。留年してとりくんだ卒業製作の絵には、その揺れ動く気持ちが表現されています。死者107人、負傷者562人を出したJR福知山線の脱線事故から、きょうで10年。東京でも企画展が開かれています。悲惨な事故を招いた効率優先、安全軽視の意識を今に問い直そうと。事故の真相解明や安全を求める遺族や被害者、世論の声は、自動列車停止装置の整備をはじめ、社会を動かしてきました。一方で、この国にはびこる利益優先の構造は、私たちの生活を脅かしつづけています。事故現場近くの畑にはいま、白いダイコンの花で描かれた「生」と「命」の文字が浮かび上がっています。(25日付けしんぶん赤旗「潮流」より) この事故の第一報を聞いた時は、「踏切で車と衝突した。」でしたが、それだけで電車がここまでなるとは思えませんでした。事故から10年が経ったと言うものの、まだ後遺症で苦しんでおられる方が沢山おられる事に驚きました。ATSがあれば脱線が防げたでしょうし、過密ダイヤでは前方を行く列車に追突する可能性もありうる話です。先日、東京・山手線で電柱が倒壊する事故がありましたが、これも事前に傾いているのに気がつきながら放置されていた様ですが、安全に走らせる意識の欠如としか思われません。さて、あんなに雨の日が続いた4月ですが、ようやく穏やかな日が続くようになりました。夜になると、あちらこちらから「カエルの大合唱」が聞こえて来て賑やかです。今日は、夕方に京都まで出かけて、「南こうせつ」のコンサートを観て来ます。ちょうど1年ぶりなのでとても楽しみですが、その後に飲むビールはもっと楽しみです。(写真は、道の駅・三方五湖で売られていた海産物と、世久見地区の沖合に浮かぶ無人島(名前は知りません)です)

menu前ページTOPページ次ページspace.gifHOMEページ


Copyright (C) 2006メガネ・補聴器のフクイ. All Rights Reserved.
お問い合わせ