鬼の霍乱でしょうか?
2013/07/27
24日(水)はお休みを頂き、久しぶりに敦賀市まで出かけて来ました。午前中はあいにくの雨で、「鞠山海つり公園」でも釣り人は少なく閑散としていました。それでも子供たちは、時々釣れる「豆アジ」に歓声を上げ満足しているようでした。今回は、敦賀きらめき温泉「リラ・ポート」でプールと温泉を楽しもうと6ヶ月ぶりに立ち寄りました。長女がプールに飽きて、10分と持たなかったのでリセットするために時間を空けました。夏休みに入ったせいか、子供の姿が多く肝心の「顔なじみ」はほとんど見ることがなく、「あの人たち、どうしてはるのやろ?」「もう、来られへんのかな?」などと考えていました。さて10分と持たなかった長女は、すっかり気分転換していて、40分も持ったのでとりあえず一安心です。 今回の昼食は、最近出来た「浜寿司」という回転寿司に入りましたが、平日は一皿92円で売り出し中です。昼食後は、国道27号線で若狭町まで走り、いつもの野菜の直売所で、長女は「梅せん」と、嫁さんは「野菜」を買い求めました。ここから海岸沿いを走る国道162号線を走り、若狭町・食見(しきみ)地区で海水浴場に立ち寄りました。午前中が雨だったせいか、2〜3組の家族しかおらず、何となく寂しそうに感じられます。そこから、小浜市まで走り途中「犬熊海水浴場」も通りますが、こちらも砂浜に1組の家族しか見えません。「最近は、海で泳がないのかな?」と言うと、嫁さんが「後片付けが大変なので避けるのと違うか」と主婦のような発言です。小浜新港では、2〜3組の釣り人がいて、中でもおばちゃんがアジを次々と上げています。体長は5〜8pほどで、「唐揚げにして、冷たいビールがあったら最高やね」と話しかけると、「さっき着いたばかりで、これからです」とのお話でした。車が滋賀ナンバーだったので、「どちらからですか?」とお訊きすると、「高島市・今津町からです」「あ〜、私らは安曇川町からですのでご近所ですね」と言い、「大漁になればいいですね」と言って別れました。この休みから翌日の25日(木)に、朝になって体がだるい、ふらつく、喉が痛い、食欲がないという状態になりました。昨夜寝る前に25℃に設定したクーラーが効き過ぎたのか、疲労が蓄積していたのか原因は不明ですが、とりあえず「病院嫌い」の私が「わらをもすがる思い」で薬をもらい、2日目の今日になって少し体調が戻りつつあります。こんな事はここ10年でなかった事で、体力には自信があったのにショックです。まさに「鬼の霍乱」とはこの様な事を言うのでしょうか?それとも今年の夏の暑さは、例年に比べ厳しいからでしょうか?ただひとつ反省点は、暑いときは汗をかくことも大切だと気がつき、寝るときは27℃より温度を下げないようにしています。(写真は、鞠山公園で釣りを楽しむ親子と、ビャガーデン営業中の看板が出たリラ・ポートと、小浜新港で釣れていた生きのいい?豆アジです)
夏が終わったのかな?
2013/07/21
今日の安曇川町の気温は33℃と少し暑くなりましたが、太陽が沈むと気温が下がり25℃ぐらいになり涼しく感じられます。あの一時の猛暑で、寝苦しかった熱帯夜の日々が嘘のようです。大阪ではセミが鳴き出したと一週間ほど前、ニュースで伝えていましたが、安曇川ではまだ耳にしていません。昨日から「夏休み」に入った子供たちですが、毎年の事で外で遊ぶ姿が見られず屋内でゲームでもして過ごしているのでしょうか?私たちの夏休みは、毎朝の「ラジオ体操」で一日が始まり、その後は「セミ」や「カブト虫」や「クワガタ虫」の採集?で過ごしました。午後は、「市民プール」や「ため池」で泳ぎ、もっと「ワイルドだぜ!」(古いか?)な生活で過ごしました。最も「夏の友」なる宿題は放置したままで、夏休みが終わりを告げる頃に必死になり、「夏の悪友」となりました。さて、今日は参議院選挙の投票日でしたので、棄権せずに義務を果たして来ましたが、午後4時現在、投票率は前回より7〜10ポイントも低いそうです。今の政治に期待が持てないから「行かない」と言う有権者が多くなりましたが、それでは何も変わらないのではないでしょうか?特に若者たちの投票率の低さが気になりますが、これからの日本を支えるのですから、もっと主張をするべきではないでしょうか?投票したくても出来なかった「後見人制度」が違憲と認められ、「自信が持てた」とのコメントはその思いが伝わって来ます。ちなみに私は選挙権を与えられた20歳から40年間、ありとあらゆる選挙に一度も棄権した事が無いのも少し自慢です。(写真は、近所の畑で見かけた、キュウリとナスビとトウモロコシ(大阪ではナンバ)です)
親の介護は大変です。
2013/07/18
私ごとですが高島市民病院に、約1年間入退院をくり返し、その後リハビリの為施設に1ヶ月間ほどお世話になっていた父親が自宅に帰って来ました。本人は何度も「帰りたい!」と言っていたのですから希望が叶った事になりますが、自力で歩行するのが困難な状況で、トイレも洗面も食事も目が離せません。特に就寝後の夜中にトイレに行こうとするので、近くで添い寝をする状況になっています。昨夜は、嫁さんがそれを担当し、「寝た気がしない。」とこぼしていましたが、今夜は私が担当する事に「一方的」に決められました。友人に、介護福祉士がいて、「たまには手伝ってよ!」と話すと、「仕事やから出来るので、非番の日までようせんわ!」とあっさりと断られました。こうなると、私も介護の仕方を覚えるため、勉強会にでも参加しようかと考えています。今から10年ほど前、山口県・萩市の居酒屋で出会ったご夫婦は、奥さんが岡山県・新見市の実家に親の介護で帰られ、ご主人は東京都内で自分の親の介護をしておられ、久しぶりに夫婦で旅行に来たと話されていました。その時は、「世の中には、そんな夫婦もおられるのだな。」と漠然と考えていましたが、他人ごとではなくなって来ました。ますます少子高齢化の進む世の中で、日本はどうなっていくのか、少し不安も感じられます。先日、大阪から大分県・豊後太田市に「農業」する為に移住した弟は、「現地の少子高齢化は、ここよりはるかに悲惨な状況やで。」「少子ではなく、子供がそもそもおらないし、住民の平均年齢が70歳に近いのではないか?」と話していました。「人口が減少すると、ありとあらゆる産業が衰退する。」「世界の先進国で、日本だけが人口減少が起きている。」「今度の参議院選で、それに触れた政党が無いのが残念だ。」とも話していました。この高島市でも、ここ10年ほどで空き家や更地が目立ち始め、さらに老人夫婦や独居老人が増えています。地元の民生委員の話では、10〜20所帯に1軒が該当するらしく、身寄りがないと「検視」にも立ち会う事があるそうです。さて、生後6ヶ月になる孫が遊びに来ましたが、1ヶ月ほど見ない間に表情がはっきりして来ました。(じじ馬鹿か?)わずか3時間余りの時間でしたが、孫の子守に疲れその夜は爆睡してしまいました。(写真は、色々な表情を見せる孫をじじ馬鹿で撮りました)
大荒れの天気でした。
2013/07/14
昨日、13日(土)はカラカラ天気が一転して、雷鳴が鳴り響き大粒の雨が降りました。近くでは、子供会が主催する「夜店」が行われる予定で、準備に追われている状況の中、水を差すような天気です。商品の仕入れの関係からか決行されましたが、とても楽しめるという状況ではありませんでした。さて、予定も無く突然に京都から従兄弟が来たので、どこかに行きますかと尋ねると、「箱館山に行きたい」との希望だったので、私自身も実に20年ぶりに行って来ました。もう、午後5時になろうとしていたので、頂上には登らずロープウェイの乗り場までにしました。この時期、山頂では「ユリ祭り」が行われていて、ボツボツですが観光客が下りて来ます。観光バスも1台だけですが止まっていて、ツアーでも組まれているのでしょう。帰りは湖周道路を走りましたが、ますます雨が激しくなり視界も50bほどしか見えません。こんな天候の中、浜でキャンプに来ている人はどうしてるだろうと思いましたが、「近江白浜」も「萩の浜」もしっかりとテントが立てられ、我慢比べの状況です。最近は、ワンボックスカーで来られている人が多く、いざとなれば車中で泊まる事も可能なので、思いとどまる事が出来るのでしょう。この様な天気では、来客も無いので午後6時には閉店し、従兄弟のリクエストである、「だし巻き玉子」を頂くため、「JJさん」(矢尾秀)に向かいました。この前日は、新旭町にあるスナック「ほほえみ」で午後12時過ぎまで飲んでいたので、結果的には連チャンになってしまいました。今日、14日(日)も雷鳴が聞こえ時々激しく雨が降っています。今日は息子が孫を連れて帰省すると聞いているので、また早じまいになりそうです。(写真は、ほとんどが空で上っていくゴンドラと、箱館山のロープウェイ乗り場と、広い駐車場に唯一停まっていた観光バスです)
「工場閉鎖の街で」。
2013/07/11
今日のNHKで、午後1時5分から25分程度の番組でしたが、考えさせられる内容でした。「ドキュメント72時間・選「工場閉鎖の街で」。「3日間、72時間、ある場所や人々に密着し、筋書きなしの出会いと発見を記録するドキュメント72時間。岐阜県の地域経済を支えたメーカーの巨大工場閉鎖をめぐる物語。」(番組内容)「岐阜県(美濃加茂市)の大手家電メーカー(ソニー)の工場が33年の歴史を閉じた。最盛期には4000人の従業員を抱え、ゲーム機など数十種類に及ぶ商品を送り出してきたが、グローバル化の中で役割を終えた。かつての熱気を惜しむ熟練技術者、明日からの仕事を探す派遣社員、出稼ぎに来たブラジル人たち。巨大工場の終了は、地域全体の雰囲気も一変させる。最後の日々、工場の門前を行き交う人は何を思い、どんな一歩を踏み出そうとするのか。」(カッコ内は私が書き加えました) この情報は「しんぶん赤旗」に掲載されていましたので、ある程度の予備知識はありましたが、事実はかなり厳しい話でした。インタビューである熟練技術者は、「会社を恨むつもりはない。」「テレビが売れた時が一番充実していた。」「県外の移籍の話もあったが、会社より家族を選んだ。」「お互いに頑張ろう!」と言いながら送別会は終了しました。しかし、誰一人として新しい仕事が見つかっていません。また、ある派遣労働者は、会社を見つめながら「もう日本を離れてタイ(タイランド)のバンコクに行きます。」「もう、日本には帰って来ないと思います。」と答えていました。また、出稼ぎでブラジルから来た家族は、「12年間も働いて、2000万のローンで家も買ったのに手放すかどうか悩んでいる。」と話していました。NHKの番組としては、もう少し突っ込んだ取材が必要で、ソニーにも取材に行くべきだと思いました。それにしても、これだけの従業員と家族を路頭に迷わせた責任をどう感じているのか訊いてみたいです。要は、経営者の失敗を従業員に押しつけるのは筋が違うのではないでしょうか?さて、安曇川でも連日の気温が35℃を超え、日中に出歩く人はほとんどありません。出来れば、雷雨でも良いので一雨ほしいと思っています。(写真は、小浜新港で警戒中の海上保安庁の船と、福井県の海洋調査船と、久しぶりに立ち寄った旧名田庄村(現おおい町)の道の駅です)
現在の気温35℃です。
2013/07/08
先ほど、銀行員さんが来て「今日は、暑いですね」と言いながら、「冷たいお茶がご馳走ですわ」と2杯も飲み干し帰られました。昨日が七夕で、まだ夏本番と言うには早いのに何ですかこの暑さ、この先が思いやられます。朝の番組で気象予報を観ていたら、大阪の最高気温が34℃で、大津市が35℃と逆転していて今まででは考えられない事です。安曇川町では、大阪より3〜4℃低いのが当たり前でしたが、そのような常識はこれから通用しないのでしょうか?ところで、巨人戦に2連敗して今年もやっぱり、「阪神タイガース」の優勝は無いかと思っていたら広島戦に3連勝して、首の皮一枚希望が残りました。さて、先日の「串カツ屋」さんの事を友人の高野博士に訊いたら、色々と「スマホ」で調べてくれました。屋号は「だるまや」と言い、場所は「近鉄・南大阪線・河内天美駅」が最寄り駅だそうです。定休日は、毎週火曜日だそうでちょっと遠いけど行こうかなと思っています。ところで、最近は年のせいか疲れが取れず、午後11時には寝床に入り眠ってしまいます。おかげで、午前6時には目覚め自宅周辺を散歩するのが、日課となりました。(写真は、安曇川町・三和漁港の風景で、今年も「あゆすくい漁」船が準備されていました)
パソコンが帰って来ました。
2013/07/06
「串カツ1本30円、いちばん高いカキ、エビ串でも60円。テレビ番組を見ていたら、大阪府松原市にある激安の串カツ店が紹介されていました。大阪府民がこよなく愛する串かつ。店主は30年間、値上げしてないと言います。「お客さんに申し訳ないから」。ただ、これまで3度の危機があったそうです。最初は1989年の消費税導入。2度目は97年の消費税5%増税。奥さんが値上げを訴えても、店主は「上げへん!揚げんのは串カツだけや」とはねのけ、経営努力で乗り切ってきました。3度目の危機が今年。「アベノミクス」による円安で輸入もののエビが高騰したのです。さすがに店主は迷いました。ただ今回も「上げへん!」と決断しました。番組はここで終わり、単なる人情物語になっていました。ただ、視聴した人はだれでも疑問に思うでしょう。来年、消費税が8%に上がり、さらに10%になっても、この店主は「上げへん!」と言い続けることができるか、と。消費税を10%にすれば、13.5兆円もの空前の大増税です。自公両党は当然、参院選で国民の審判を受けるべきでしょう。ところが、自民党の選挙公約は「消費税については全額、社会保障に使います」と述べるだけ。増税の考えははっきりしているのに、上げるといえないのは、国民の審判がが怖いからです。串カツ屋店主が経験した危機=消費税増税は、いずれも自民党政権の退陣につながりました。今回も、国民の審判を下す必要があります。」(6日付けしんぶん赤旗「潮流」より) 私は、この番組を見逃しましたが、詳しい情報が分かれば是非行ってみたいなと思います。「串カツ代が1000円、生ビール2〜3杯で1500円で合計2500円」と飲み助の暗算がすぐに出来ました。さて、パソコンがウィンドウズ7にした途端に、動かないソフトがあり修理に東京まで送りました。その間、パソコンの無い生活になりましたが、不便な事が沢山出来て、いかに依存しているかが分かりました。今日の安曇川の気温は34℃を超えており、ムシムシした天候です。結局、今年のホタルはほとんど見ることが出来ず、少し寂しい思いをしています。(写真は、てんくに飾られた七夕に「阪神優勝」と書きましたし、知り合いの「高桑さん」の干しシイタケが売られていましたし、西の空が茜色になり神秘的な光景です)
道の駅「うみんぴあ大飯」。
2013/06/29
前回の続きですが、往路は若狭舞鶴自動車道で目的地まで来たので、復路は国道27号線を東に進路を取りました。福井県内は、道の駅が多くあり滋賀県と数は変わらないのではと思います。関西で少ない県は、和歌山県と奈良県で、ドライブしていてもほとんど記憶に無いくらいです。さて、話が横道に逸れましたが、「はまなす温泉」から、10分も走らない所に、道の駅「シーサイド高浜」があり、お土産選びに立ち寄りました。何にするか悩みながら、「イカ入りのはんぺん」と「ちりめんじゃこ」になり、初めての店なのに長女は迷わず「割れせんべい」を選んでいました。実はここの施設にも「日帰り温泉施設」があるようで、完全制覇にはまだまだ時間がかかりそうです。高浜町から大飯町に入りましたので、「大飯原発でも見に行くか?」と相談の上、青戸大橋を渡り何度か通った道を走りました。ところが、玄関付近はパトカーが止まり、機動隊員と思える服装の人たちが数人警戒にあたり、「近づくな!」と言っているようです。仕方なく、引き返しながら「赤栗のオートキャンプ場」から遠く眺めるしかありませんでしたが、海にも海上保安庁の船が警備をしていて物々しい雰囲気です。穏やかな漁港には不釣り合いな光景で、「原発」には、このような副作用もあるのですね。後で知った事ですが、この2日後「プルサーマル計画」の実現のため、フランスから「MOX燃料」が船で運ばれて来た映像が流れていて、物々しい警備が理解出来ました。再び国道27号線に戻り、今度は5月にオープンしたばかりの、道の駅「うみんぴあ大飯」に立ち寄りました。ここにも、「日帰り温泉施設」と「プール」が新たに出来て、ポスターに「海に飽きたらプールで遊ぼう」なんて書かれていました。これで、2ヶ所も新たな課題が?見つかりましたが、夏場は道路が混雑するので秋に再び来る事にしました。(写真は、「シーサイド高浜」の看板と、穏やかな雰囲気の漁港と、新しく出来た「うみんぴあ大飯」の玄関です)
はまなす温泉「わたつみの湯」。
2013/06/26
福井県のすべての日帰り温泉施設は行ったと豪語していましたが調べると、はまなす温泉「わたつみの湯」がありましたので、早速と出かけて来ました。「今宵は夜空の下で湯あみ、潮の響きと月華に包まれて」「心も体もほっこり温まる 気軽に天然温泉を楽しむ」「わたつみの湯は和田浜海水浴場のほとりの地下約650mから沸き出した、泉質はナトリウム塩化物温泉(等張性・中性・低温泉)、泉温28.8℃、沸出量は毎分250リットルの良質な温泉です。効果・効能は多岐にわたり、実際に入浴しますと、その効果がジワーっと伝わってくる感じを味わっていただけると思います。 福井県大飯郡高浜町和田110−20−18 рO770−72−5000 JR若狭高浜駅から車で4分 JR若狭和田駅から徒歩約10分 舞鶴自動車道大飯高浜インター出口から約15分 定休日 毎週木曜日(夏期は無休) 入浴料 大人700円 小人400円 小浜市内から舞鶴自動車道を使うと30分ほどで目的の「わだつみの湯」に到着しました。入浴料は700円と書いていましたが、「毎週火曜日はサービスデイで500円)」の支払いでお安く済みました。内風呂が3ヶ所と水風呂、露天風呂1ヶ所とサウナとなっており、外観から観るより広く感じられました。露天風呂からは和田浜海水浴場が道を挟んで見え、施設にもシャワー室が設置されています。温泉は塩辛く海水に近いのではと感じられ、比較的に温度が低く長湯が好きな方には向いていると思います。「ここの温泉も悪くないね」と嫁さんに話すと、「また来たい温泉のひとつやね」と言うお返事でした。なお、宿泊施設もあり、温泉付宿泊プラン料金(素泊まり) 大人4000円 子供2800円 これからの海水浴シーズンは混雑が予想されます。さて、往路に行き過ぎて若狭高浜駅まで間違って行きましたが、駅前にショピングセンターが出来て様変わりです。前にも書きましたが、初めてこの地を訪れたのは、今から45年ほど前の中学2年生の臨海学校でした。あまりの海の美しさに驚き、水中にはアジかサバとみられる魚が悠々と泳いでいたのが思い出されます。(写真は、「わたつみの湯」の玄関と、目の前が和田浜海水浴場と言うロケーションと、海水浴から戻った人の為に設置されたシャワー室です)
「二十四の瞳」を観ました。
2013/06/23
昨夜は阪神タイガースが負けゲームになりそうなので、チャンネルを変え、何か面白い番組がないか探していました。そうすれば、白黒の画面が現れ小学生の頃に観た「二十四の瞳」が放送されてしました。「ウィキペデア」によると、「「二十四の瞳」は、1954年(昭和29年)に公開された松竹大船撮影所制作、木下恵介監督・脚本、高峰秀子主演による日本映画である。日本が第二次世界戦争を突き進んだ歴史のうねりと、否応なく飲み込まれていく女性教師と生徒たちの苦難と悲劇を通して、戦争の悲壮さを描いた作品である。1952年(昭和27年)(私が生まれた年です)に発表された壺井栄の小説「二十四の瞳」が原作であり、この2年後映画が公開された。なお、1987年(昭和62年)朝間義隆監督により再映画化された。」 久しぶりに観た映画なのにぐんぐんと迫るものがあり、フイルムが白黒であるのも重厚さを感じます。ただ、前に観た時に勘違いしていた事が2点あり、ご主人が船乗りだった事と、末っ子の死亡が柿の木から落ちた事で、私は海岸で拾った貝を食べた事だと記憶していました。さて、私が初めて「小豆島」を訪れたのは、高校1年の時の「夏合宿」で、土庄港の玄関口にある銅像の前で記念撮影をしました。ほとんど旅行気分でしたが、翌日からは地獄の練習が待っていました。その後3〜4度旅行で訪れる事はあり、必ず「夏合宿」した校庭を尋ねあの頃を思い出しています。あの時一緒に頑張った一人は、若かくして「エベレスト・アンナプルナU峰」で滑落事故の遭い、亡くなりました。(写真は、どんなに暑い日でも、近所のおばあさんが手入れを怠らない畑の作物です)
新規
修正
Copyright (C) 2006メガネ・補聴器のフクイ. All Rights Reserved.